第120話 『強欲』について②
「アンちゃんはどう思います? 強欲は下地なのか、延長線なのか、それとも別の何かなのか」
カムダールがアンのほうに視線を流す。アンはしばらくの間考え込んでいたが、やがて彼女なりの答えを出した。
「タクトどのの意見に異を唱えるわけではないのですが、私は『延長線』だと思います。六欲が強まって、やがて『強欲』となるのではないかと」
「それは、どうしてそう思うんです?」
「よく思い出せないのですが……そう感じてしまう景色を、昔見たような気がして」
確かにそういう考え方もある。実際、拓人とアンの考えは似通っている。要は『強欲』が『始点』か『終着点』かの違いなのだから。しかも、二つの説は必ずしも矛盾するとは言えない。
「では、エレンちゃん」
「ああ」
エレンは口からパイプを離し、煙を吐き出した。
「『強欲』が六欲の下地でも延長線でもない『別の何か』であると仮定するなら何だと答えますか?」
「それについてはもう答えが出ているだろう、先生。貴君が言っていたような『したいから、する』感情と行動だ。ただ純粋に楽しいから、快感が得られるから。それだけのことで動くことは我々にもある」
ただし、とエレンは眉をひそめた。
「それは強欲という存在が六欲に無い感情をも内包しているというだけの話であって、六欲とまったく結びついていないケースなどほとんど無いと思うぞ。属性が混ざり合っている魔術というのも……あるようだし」
そう言ってエレンは一瞬だけ疲れて眠っているライデンのほうを見て、すぐに視線をカムダールに戻した。ライデンの魔術は今は亡き愛する主君への想いとその仇に対する復讐という『愛』と『憤怒』の二つの属性が混ざり合ってできていた。
「その通りです。学説としてはみなさんが言ったような『下地』説、『延長線』説、『別の何か』説によって古くから分かれていますが、結局のところ未だに決着が着きません。当たり前ですよね。こうなったらもう哲学に近い。心の在りようの問題ですから細かい部分は個々人によっても変わってくる。間違っているものもなければ一番正しいものもありません」
「でも、属性として『強欲』ってくくりはあるんでしょ?」
レジーが聞いた。彼女はしばしば鋭い質問をする。
「ええ、もちろん。みなさんもすでに知っているはずです。強欲かどうかを決める『とりあえずの』基準、それが──」
「魔力量、というわけか」
エレンの言葉にカムダールが頷いた。
「そんな乱暴な」
拓人は叫び出しそうになった。ライデンが眠っていなければ実際にそうしていたかもしれない。
「乱暴です。それでもウチが生まれるまで──いえ、生まれてからも世界はそのように回っていますから」
「その基準ができてから『膨大な魔力=殺意』の式ができたのか、その逆なのかは定かではないのか?」
「一応、事件がいくつか起こってからルールができた……という建前はあるらしいですが、実態としてはなんとも言えません」
「つまり『強欲』の魔術はこの世界では使ってはいけないということですかの?」
拓人がおそるおそる質問する。少しずつ膨れ上がる嫌な予感を抱きながら。
「はい。原則禁止です」
「わかりやすいヒントだな。わざわざ『原則』と言ったからには『例外』があるんだろう?」
「もちろんです。例外は大きく分けて二つ。
一つ目は特権階級。それも表には出てこない連中ですね。まあ、見えないところで遊んでる分にはいいんですけど。一生引っ込んでろって感じです。
二つ目は特別な職業の人間。ウチがいた『ガーディアン』の職員もそうです。実を言うとギフトも『強欲』属性なんですよ〜〜」
そう微笑むカムダールの様子を見て、拓人は燃えるカウボーイの姿を思い出す。確かにあれだけの……いや、未だに底知れぬ力を持つギフトのことだ。『強欲』属性でないと言われるほうが違和感を感じてしまう。
「他に『強欲』の魔術を行使する人間がいるとしたら犯罪者ぐらいですかね〜〜」
「えーと、つまり、裏を返せば特権階級でも特別な職業の人間でもないのに『強欲』の魔術を使う人間は犯罪者扱い……」
拓人はしどろもどろになりながら言葉を紡いだ。視線をどこに向けて良いか分からず目が泳ぐ。
「ですです〜〜」
「ところで、付かぬ事をお伺いしますがワシの魔術の属性って……!」
「なんだ、まだ気づいていなかったのか」
馬鹿にするように、というよりかは純粋に驚いたようにエレンが言った。
「今の話を聞いたならもうわかっただろう?」
「当たり前だよね。ボクたちみたいな精霊をホントなら七人も動かせるんだもん」
「ええ、察するにタクトどのの──いえ、私たち【
冷や汗を流す拓人の顔をみんなが見つめながら、最後にカムダールがにこやかに言った。
「もちろん『強欲』で〜〜す」
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