第119話 『強欲』について①
「は〜〜い、今日はここいらでキャンプしましょ〜〜」
「「は、はい」」
「うん……」
「うむ……」
拓人と彼の精霊たちは、すっかり憔悴しきった様子で力なく頷く。
ドノカ村を出発してから、休憩と超加速を少しずつ繰り返して気付けば夜になっていた。
「みなさん、お疲れ様でした〜〜。グランセントラルまでの道のりは、これで半分以上走破したことになります〜〜。また明日頑張りましょ〜〜」
意外にもカムダールはあまり疲れた様子ではない。ライデンに振り回されていた拓人たちよりも、自分で動いていた彼女のほうが、自分で加減ができている、というのもあるのだろう。
しかし、そう言った点を差し引いても彼女の様子は穏やかに見えた。今日一日中【
──それとも、慣れれば今のカムダールさんのように使いこなせるのか。
拓人が抱いたその問いは、使命感にも似た熱を帯びる。カムダールの教えによって【至上の実論】を習得できたのは、今のところ拓人だけだった。『ガーディアン』で働くことになるにしても、ならないにしてもカムダールと一緒にいる状況は今よりも少なくなるに違いない。そうなれば【至上の実論】を活用した自分だけの役割が生まれるかもしれない。
──それに、やっと習得することができた。自分だけでも戦える術を。しばらくはアンたちにおんぶに抱っこの状況が続くかもしれんが、いずれは──。
「さて、道中で集めた薪がありますので〜〜焚き火でもしましょ〜〜。ボヤがいないので火起こしがちょっと大変かもですが〜〜」
一同は、野営の拠点を作るため準備に取り掛かった。
「そういえば、さ」
焚き火に手をかざしながらレジーが問いかける。
「『強欲』って結局なんなの?」
「あ〜〜、そういえばプロテインちゃんの襲撃があって授業が途中になってたんでしたっけ〜〜」
カムダールの言葉で、手ごろな石に腰掛けて火を囲んでいる拓人たちは思い出した。魔術の属性に対して講義を受けていたことを。確か憤怒、怠惰、傲慢、愛、嫉妬、暴食の六属性に関する解説は終わっていたはずだ。
「全部で七欲。今まで説明してもらったのが六欲で、それに『強欲』を合わせたものって言ってたけど……それってわざわざ分ける意味あるの?」
「それは、つまり〜〜?」
生徒自身から答えを引き出すためだろう。カムダールはあえてとぼけるような口調で言った。
「七欲なんて用語があるんだから、本当はひとまとめでいいはず。『強欲』と他の六つを分けるのは、何か理由がありそうな気がして」
思い返してみれば、レジーの言う通りだ。訳が無ければ一つだけ区別する必要もない、と拓人も頷いた。
「わ〜〜お、レジーちゃん良いところ突きますね〜〜。頭ナデナデして差し上げま〜〜す」
伸ばされるカムダールの手を、レジーは軽く払った。
「それはいい。で、結局どういうことなの?」
「考えてみましょ〜〜って言いたいところなんですが、これは結構難しい話ですね〜〜この世界のことについて色々知っておくことが前提なわけですから〜〜」
授業開始の合図がわりにカムダールが目を開く。この講義も一体あと何回受けられるのだろう、と拓人は少し寂しい気持ちになった。
「『強欲』はこの世界で危険視されている属性です。理由は『他の六欲よりも強いものとされているから』です」
「強い、と言われても……イメージがよく湧かないのですが」
「危険、という言い方も引っかかるな。レギヌ女史のような攻撃性のないものでもない限り、敵意を持って人に向けられた魔術はみな危険だと思うのだが」
アンとエレンがそれぞれ疑問をていした。言われてみれば、その通りである。アイスキャロルに殺意がないだけで、今まで相対していた魔術は容易に拓人たちの命を奪えるものばかりだった。それぞれの魔術に多少の違いはあれど、危険だという点ではどれも同じだ。まさか今まで戦ってきた全員が『強欲』属性というわけではあるまいし。
「お二人の疑問はごもっともです。なぜ『強欲』だけがそのような扱いになっているのか……その一番の根拠は『何でもできるから』です」
「何でも?」
レジーのオウム返しに「ええ、何でも」とカムダールは頷く。
「強欲だけは特別なんです。その理由をこんな風に説明する人もいます。
傲慢は見下す対象、嫉妬は見上げる対象が必要な相手依存。
愛や怒りは普遍のものもあるってあると信じたいですけど、何がきっかけで無くなるかわかりません。
一番強欲に近いのが暴食だけど、目的が『食べること』に抑えられていて範囲が狭い。
怠惰はもちろん──本人に安心できる環境があって、それを害さなければ、他人に攻撃が向かうことはない。
それらとは違い、強欲はなんでもアリなんです。これをしたい、あれをしたい、ただそれだけでいい──と」
確かにそういう理屈もあるのかもしれないが、人間みんながそう言った枠に収まるはずもない。それではこの前カムダール自身が悪い例として出していたステレオタイプ的な見方と変わらないではないか。だいたい──。
「むしろ『強欲』こそがあらゆる人間の感情の根源にあるものではないじゃろうか」
拓人の指摘にカムダールは目を見張る。
「まさしくそれが争点の一つなんです。『強欲』をめぐる……この世界の問題についての」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます