第3部 第1章 老人と『中心』への道

第118話 公務員になろう

「公務員に、なりませんか?」


 ドノカ村を出る数日前、カムダールが拓人にした提案というのが、これだった。


「こ、公務員……?」


 拓人は、その言葉の響きを何だか重々しいものとして受け取った。


「はい。具体的に言うと、ウチの元職場である『ガーディアン』で働きませんか? ということです」


「それはどういった仕事を……」


「色々です。一口ではなかなか言い表せません。荒事も多いですが、ある程度の強さがあれば食べるのには困らないと思います」


「ふむう……」


 拓人は腕を組みながら、首を傾げた。前世でも色んな職場で文字通りに末席を汚してきた彼だが、仕事選びには慎重……というか臆病になってしまう。


「もちろん強制はしませんし、お試し期間で何日か入って合わなければ辞めるのも良いと思います。そういう人も少なからずいらっしゃるので。ただ……」


「ただ……?」


「タクトさんのように特殊な立ち位置の方は、『ガーディアン』のようにちゃんとしたでっかい組織を味方につけたほうが……今後の人生、色々やりやすいと思います」


 確かにそうだ。拓人は新しい体に転生して、この世界に召喚された。ギフトが宿屋で言っていたように、きっと戸籍もないのだろう。今まで様々なことが起こりすぎて拓人自身深く考えることができていなかったが、結構それは生きづらいかもしれない。


 それに、アイスキャロルの臣下たちに襲われているという喫緊の課題もある。今までは運良く受け流せてはいるものの、振り返ってみれば下手をすると全滅していてもおかしくない戦いばかりだった。次はどうなるかわからない。何らかの後ろ盾が欲しいという気持ちあった。


「で、ですが、ワシらみたいな存在だと公務員なんて余計に……」


「そこは大丈夫ですよ〜〜ウチも、ギフトも、タクトさんの活躍や強さについては保証しますので〜〜推薦はしときますよ〜〜」


 カムダールは目を細めて言う。自分がリラックスしている時、そして他人を安心させる時、彼女はこんな風に温かい表情になる。


 ただ──と、カムダールは再び少し目を開けた。


「コネだけで入れるほどグズグズな機関でもないので〜、組織に入るための試験みたいなものは受けることになると思いますけどね〜」


「し、試験ですか……」


「もちろん、タクトさんたちほどの実力があれば余裕だと思いますよ〜。精霊術師は、精霊との共闘が認められてますからね〜。ただそういうのもあると心に留めていただければ〜」


「しょ、承知しました」


「またアンちゃんたちともちゃんと相談して決めてくださいね〜。もし、ウチの提案に賛成していただけるなら、その時はご一緒にお仕事をすることになるかもしれません」


「というと……」


「ウチも職場復帰することに、決めました。これからは本当の意味でゆったりした余生を送れるように……『真の怠惰』を得られるように、ちょっぴり頑張ることにします」


 カムダールは決意したような表情を見せてから、


「ま、今さらウチを受け入れてくれるのかな〜〜って問題はありますが〜〜」


 と、頭をかいた。


「何度も言うようですが、強制ではありません。この前までウチがそうしていたように、このドノカ村で暮らしてみるのも良いと思います。ですが、みなさんなら『ガーディアン』の仕事もきっと務まると思うのです」


 それに──『ガーディアン』の一員として戦うみなさんの姿を見てみたい気持ちもあるのです。拓人が断れない雰囲気を作らないために、その言葉はカムダールの胸の中に仕舞われた。






 その夜、拓人たちは先に寝入ったカムダールを横目に、彼女の提案についてしばらくの間、議論を交わした。


 アンが「この世界のためになるなら!」と即座に賛成したり、エレンが「少し慎重になった方がいい」と冷静な意見を述べたり、レジーは事あるごとに「仕事したくない」と主張したりするなど侃侃諤諤かんかんがくがくの議論が繰り広げられた。


 だが、結局は「とりあえず、グランセントラルとやらに行ってみよう」という結論に落ち着いた。


『この世界についてもっと広く知っておいたほうが良い』という意見は全員一致していたからだ。『ガーディアン』に就職するかどうかはその後決めればいいし、就職したとしても続けるかどうかもその時に考えればいい。今のところの結論はカムダールが言っていたのとほとんど同じ結論に落ち着いた。






「ドノカ村のみんなとも、これでしばらくお別れじゃな」


 送別の挨拶を済ませた後、拓人はチラリと村を振り返った。寂しくはあるが、それは未練にまみれたジメジメしたものではなく、どこか爽やかですらあった。


「いい場所だったね」


 レジーがレギヌの娘にもらった髪飾りを撫でながら頷く。


「世界を救うことが、ああいった方々を守ることにもつながると考えると……今後の戦いにも力が入りますね」


「……じゃな」


 世界を救う……それはアイスキャロル、もしくはイヴィルヘルムを倒すことなのか、それとも他の『崩壊』の脅威を取り除くことなのか、それはまだわからない。しかし、その使命を初めて重荷としてだけでなく『拓人自身の望み』として捉え始めるきっかけになった。ドノカ村での日々というのは、そういうものだった。


「そう言っていただけるとウチも村長として鼻が高いです〜〜! もし今度村にいらしてくださった時は、またみんなと仲良くしてくださいね〜〜」


 カムダールの言葉に、一同は首を縦に振った。


「さて、ここからグランセントラルまでは、実をいうとすご〜〜く遠いんですが〜〜、前半はほとんど一本道なんですよね〜〜……というわけです。ライデンちゃん」


「……? ああ、なるほどそういうことね」


 ライデンはアンガーの体で手際よく、拓人たちを馬の体に積み込んで行く。最後にマッドの袖を首元にくくりつけて、どこかへ飛んでいかないようしっかりと固定した。


「先導はウチがやりますので、しっかり付いてきてくださいね〜〜?」


「オッケーよ」


 そう言うと、アンガーの体はただの雷に戻りライデンの馬の体ほんたいに吸収される。その時……。


「はう!」


「ひゃ!」


「ん……んぅ」


「ふむ……そういえばこう言った感覚だったな」


「あばばばば! 痛っでえええええええ!!」


 馬上の拓人たちに文字通り電流が走る。ほとんどライデンに抱きつくようにさせられていたマッドが一番モロに電撃を食らう。


「それでは〜〜? よ〜〜い、どんっ」


 一同の姿が、その場から消え去った。

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