第117話 崩壊序曲
「ぬわぁああああああああんで! ライデンもプロテインも帰ってこねえええんだよおおおおおおお!」
拓人たちのいたドノカ村から数百km先……拠点としている地下洞窟でアイスキャロル・ドライプライドは声を張り上げた。
イライラする。一人で他の臣下数十人分の働きをする七服臣が、二人も戻ってこない。これは一体どういうことだ。
「敵は思ったよりやるようですね、アイスくん」
赤目の紳士……イヴィルヘルムが楽しそうに呟いた。
「あァん⁉︎ アイツらが、やられたって言いてえのか?」
「さて、どうでしょうね。ですが、私たちが送り込んだ戦力が何らかの形でいなされているのは事実だ……もどかしいなぁ。全盛期のワタクシなら、ちょっと瞬きするだけで彼らの視界をジャックできるのに」
イヴィルヘルムはそう言いながらも、全く悔しそうではない。むしろ口元に笑みさえ浮かべている。アイスキャロルは、ため息を吐いた。妙に余裕ぶっている彼の姿を見ていると苛立っている自分がバカらしくなってくる。
「若い時の自慢はそんくらいにしとけよ、ジジイ……いや、ババアか?」
「お好きなほうで。どっちにしろ、悪口だ」
イヴィルヘルムは、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「やはり、ワタクシが行くしか……」
「おいおい、これ以上モーロクすんなよ。ボケてるのは、その服装だけで充分だ」
アイスキャロルは、喪服のような黒のスーツ、肩に乗ったカラフルな鳥、片眼鏡、シルクハットを人差し指で順繰りに差していった。
「このファッション結構気に入ってるんですけど……」
「とにかく、アンタが出るとしたら俺サマがよっぽど絶対絶命な状況以外あり得ねえ。おとなしくしとけや、マジで」
「……それで? 次はどなたが?」
「エロースは、すでに向かっている。アイツの足ならまだ
「ふむぅ……それなら早いところ次の人選を決めたほうが良さそうですねえ。はてさて、適任は……」
「──僕が行こうか?」
洞窟の暗闇から、張りのある男の声が語りかける。
「今まで向かわせた七服臣たちは、エロースも含めて最悪代わりがきく。でも、コサックとソイルとメメントはインフラ的にいないと困るだろ? もしものことが、あっちゃいけない。王サマだって、そういうこと考えてるから重要な人材を残してるんだよね?」
「当然だ」
「イヴィルヘルムさんも行けないとなると……やっぱり僕が行くしかないんだよ」
「まあ、アンタよりかはマシか」
アイスキャロルは、そう言いながらイヴィルヘルムのほうを射すくめるように見た。
「いいのですかぁ? 最優の七服臣であるアナタが、もうしゃしゃり出てくるなんて。アナタのような方は出番を増やすと、かえって格を落としますよ?」
イヴィルヘルムが口を尖らせながら言った。相手をおちょくるためでなく、本心から嫌味を言うことは、この邪神にとって非常に珍しいことだった。
「ご心配なく。一幕で終わらせてこよう」
確かに彼は戦力として頼れる。しかし、イヴィルヘルムにとっては気に食わない。できればアイスキャロルの見ていないところで、こっそり始末してやりたいぐらいだ。
だが、非常に困ったことに──イヴィルヘルムでさえも、彼に勝てるかどうかわからない。力量は圧倒的にイヴィルヘルムのほうが上だ。しかし、下手をすれば不覚を取るかもしれない。『崩壊四節』のうちの一つである生ける邪神にそう思わせるほどの力が彼にはあった。
──だいたい、腹黒なところがワタクシとキャラ被ってるんですよねぇ。
「いいだろう。テメェが行け。絶対にクソどもを俺サマの前まで連れてこい」
「イエス。ユア、マジェスティ……ところで、臣下を一人借りてもいいかな? 誰でもいいんだ。乗り物に使うだけだけから」
「そこらにいるのを連れて行け。無闇に傷つけるんじゃねぇぞ」
「もちろんだとも」
彼は薄ら寒くなるぐらいに爽やかな笑顔を見せてから、近くにいる臣下を品定めしていく。そして、町娘のような服を身につけた茶髪の若い女性の前で足を止めた。
「うん、キミがいいな! 役としてもピッタリだ。さあ──『愛する君よ。私のために何をしてくれる?』」
女性は自らの意思に反して頬を染め、心を踊らせる。
「あ……『愛するあなたのためなら、何にだって!』」
女性は無意識のうちに口を動かす。そのセリフを言い終わった時、彼女の肉が、骨格が形を変えていく。服がはちきれたころ、彼女の体は一匹の馬になっていた。
「ふむ。まあ普通の
「さっさと」
「行ってくださいよ」
アイスキャロルの句をイヴィルヘルムが継いだ。一刻も早くここから出ていって欲しい、という点で二人の意見は一致していた。
「はいはい。まあでも道中はゆっくり行くよ。エロースがある程度の足止めはしてくれるだろうし、この娘にもあまり無理はさせられないしね」
彼は緩慢な動作で馬に乗ると、のっそりのっそり洞窟の出口に向かって行った。
「あの野郎が行くなら、流石にアイツらも終わったか」
「わかりませんよぉ? タクトという方、意外とまだまだやるかもしれない」
「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ」
「それは失礼。では、我々にとって楽しい話でもしましょうか」
イヴィルヘルムは口元だけでニカッと笑った。
「我々によって紡がれる崩壊の二──『冷機再動』の話を──』
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