第115話 筋肉の『本当の強さ』

「……はッ」


 プロテイン・マッスルフィリアは飛び起きた。慌てて周囲を見渡す。どこかの家屋のようだがここは……。


「あっ、お目覚めですか〜〜?」


 聞こえた声に思わずビクつく。目を落とすとカムダールがベットにもたれかかっていた。


「ここはウチの弟分の家です〜〜。あなたにとっては、ちょっとベッドが狭いかもしれませんが〜〜」


「アタクシ……は……」


 ──アタクシ……は……何をしていた?


「なるほど。あなたは記憶が無いタイプの方なんですね〜〜」


 確かに記憶はハッキリしない。だが、憶えていることはある。今は痛みさえも感じないが、この体に刻み付けられた確かな感覚が……。


「負けたのね……アタクシ……」


 プロテインは、ポツリと呟いた。彼女の自信の源は筋肉。自分の力で、自分の力『だけ』で懸命に鍛え上げた努力の結晶。しかし、裏を返せば。彼女の中で筋肉と自分の存在価値は等価だった。


「なんだか、自分に自信がなくなってきましたわ。アタクシこれからどうすれば……」


「あの〜〜、お言葉ですが人間も筋肉も負けるのは普通じゃないでしょうか〜〜?」


 プロテインはカムダールの言葉に思わず目を見開く。何を言っているのだ、この人は。


「アタクシに対する発言は許せますわ。敗者ですもの、仕方のないこと。しかし、筋肉への侮辱は……」


「いえいえ、侮辱とかではなく〜〜」


 カムダールは少しまぶたを開く。しかし、そこから覗く瞳は攻撃的ではなく、柔らかい視線をプロテインに注いだ。


「今はちょっとぷよぷよしちゃってるんですけど、ウチも実は体鍛えてる時期があったんで、わかるんですが〜〜筋肉って最初から強いわけじゃなくて、トレーニングして筋繊維をいったん壊してその再生力で鍛え上げるものじゃないですか〜〜」


「存じておりますわ。そのようなこと。今さら教えられなくても……!」


 そこでプロテインは気づいた。カムダールが一体何を言わんとしているのか。


「まさか……」


「あなたの自信はボロボロに打ち砕かれたかもしれません。それでも、再生する力はきっとあります。今よりも強く、丈夫にすることだってできる。負けても、めげずに立ち上がる……それが筋肉の『本当の強さ』じゃないかな〜とウチは思います」


「……」


 今まで、そんなこと考えもしなかった。負けた後のことなんて、想像することさえ許されなかった。プロテインの心に新たな視座が生まれ、希望の息吹が流れ込む。


「あなたはとてもひた向きな努力家です。並大抵の精神力ではないことは、鍛え方を見ればわかります。ウチよりもずっとずっと立派な人です。自信さえ持ち続けていれば……負けることも、立ち直れることも、ちゃんと知っていれば、あなたは大丈夫なはずです」


「ですが……」


 それでもプロテインは少し目を伏せた。


「アタクシにあるのかしら……立ち直るチャンスなんて。何かをやり直す資格なんて」


 彼女はボンヤリとだが、憶えている。この拳が誰かを殴ったこと。この足が誰かを蹴ったこと。この筋肉が誰かを傷つけたこと。筋肉をそんなことに使った自分に、そんな資格……。


「おやおや〜〜? よりにもよって、そういうこと言っちゃいますか〜〜


 カムダールはニヤニヤと楽しそうに口元を歪める。一瞬ふざけているのかと思ったが、すぐにその考えを撤回する。彼女が真剣に悩む者を嘲るような人物でないことはプロテインもすでに気づき始めていた。


「どういうことですの……?」


「おや、もしかしてプロテインさん〜〜、この村のことを知らずに来ました〜〜?」


 わざとらしく、カムダールが首を傾げながら言う。


「なら、教えてあげないといけませんねえ」


 みんな、入ってきて! とカムダールが扉に向かって呼びかける。声に応じてなだれ込んできたのは、ドノカ村の住民たちだった。


「な、なんですの一体⁉︎」


「ここは、ドノカ村〜〜」


 最初にカムダールが間延びした声で歌いだす。


「スネに傷持つヤツらでいっぱい! 多少のことは気にしない!」


「色んな事情はあるものの⁉︎ 互いに詮索し合わない!」


 ヌスットとゴートーもラップ調で続く。


「まさかの新入り。その名はプロテイン。魔術名通りの、すとろんぐ・くればー・びゅーてぃふぉー……なんでボクまで……」


 仕方なく、といった雰囲気でレジーもなぜか踊らされている。


「まあ、そう言うな。こういった趣向の歓迎会。それも案外、悪くない。そう言う貴君も、楽しんでNIGHTない? 」


 やる気なく踊るレジーの隣で、エレンがターンを決めてから彼女に腕を伸ばし、手のひらを差し向けた。


「ホントに楽しそうだね、名探偵!」


 こういう時には意外とノリノリなエレンを羨ましく思う気持ちを隠しながら、レジーが突っ込んだ。


「えっと、よろしくお願いします。歓迎します。ますます……ます……うー」


 困惑しているアンの肩を拓人とライデンが優しく叩く。


「アンちゃん、無理に韻踏まなくていいのよ〜。大事なのはソウルとパッション!」


「そうじゃとも〜。アンの歌いたいように歌えばいいと思うぞ〜」


「な、なるほど。では、失礼して……コホン」


 咳払いしてから、編み出される美声──意外なところで拓人はアンの長所をまた一つ知ったのだった。


 彼女の声に合わせてレギヌがまず歌いだす。二番手にボヤ。次第に村人たちは一つになって歌い、そして新たな仲間として迎い入れる予定のプロテインに向かって頭を下げた。


「歓迎ムードを表すためになんとな〜〜く、演劇調にしてみたんですが〜〜、どうですかね?」


 カムダールが顔を少し上げて反応を伺う。プロテインはうつむいたまま肩を震わせていた。


「う、う〜ん、とにかく楽しい雰囲気を出そうとしたんですけど、ふざけすぎましたかね〜?」


「「姐さーん⁉︎」」


 ダメじゃないですか⁉︎ と言う代わりに兄弟が叫ぶ。しかし、下げられたままのプロテインの顔から二筋の雫がベッドに落ちた時、杞憂だったのだと悟った。


「アタクシ……ここにいてもいいの?」


「ええ、あなたが望むなら。いつまでも」


 村の代表者としてカムダールが保証した。


「アタクシ……みなさんにひどい……取り返しの付かないことをしたのに……それでも、ここに……?」


 操られてたから。村のルールを守ってくれるなら。歓迎ムードの今に、そういう細かい枕言葉はいらない。


 村民たちはただ──当たり前だ、と頷いた。

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