第114話 ただの、握手

「【至上の実論リアル・ファンタズム】……?」


 拓人がその言葉をカムダールから聞いたのは六日前……つまり彼が強くなると決意した、つい翌日のことだった。


「はい〜〜。ジールがウチたちの家系に伝えた魔術闘法の一つです〜〜俗に言う秘伝というヤツですね〜〜」


「そ、そんな大事なことをワシが知ってしまっていいのでしょうか」


「ウチのご先祖様ですよ〜〜? ちゃんと頑張ってる人に魔術を受け継いでもらって喜ばないような人だとウチもがっかりしちゃいますって〜〜」


 それは教えて良い理由になっていないような気がしたが、拓人としてはなりふり構っていられないのも事実だ。自分にとってプラスになるものなら何でももらっておかなければ。


「ですが、ワシなんぞに使いこなせるのでしょうか? 伝説の勇者が使うような魔術なら、きっと何か条件が……」


「タクトさ〜〜ん? 何か大事なこと忘れてませんか〜〜?」


 そう言ってカムダールは、わざとらしく小首を傾げてみせる。


「何か……とは?」


「拓人さんは転生者です。ジールも伝説の勇者である前に一人の転生者なわけじゃないですか〜〜? それなら同じ魔術が使えてもおかしくないんじゃないかな〜〜って」





 ──などと、カムダールさんに乗せられたつもりでやってみたが……ちっとは様になってきたかのう!


 神出鬼没のカムダールが撹乱し、拓人がプロテインの体に直接打撃を行う。だんだんと、内側の筋肉を魔力によって動かすタイミングと打撃の瞬間が上手く重なってくる。


 ──これをモノにして、一人でも戦えるようになれればワシは──。


「王よォ! 話が違いますわ!」


 先ほど怒りの咆哮が発せられたプロテインの口から今度は嘆きの声が上がる。


「精霊術師本体はザコだというお話は何だったんですのォオオオオ!」


「またそれかい!」


 拓人はツッコミながら、カムダールを狙う拳に打撃を入れる。プロテインもまたライデンと同じことを聞かされていたらしい。


「事実でも言っていいことと悪いことが……!」


「残念ながらタクトさんは結構強いですよ。少なくとも心の強さはウチや、あなた以上です」


 すかさずカムダールが言った。彼女の目が完全に開いた状態で放たれたその言葉は、ただのフォローなどではなく心からの言葉なのだとわかる。


「そしてウチも──」


 カムダールは再びプロテインの懐に潜り込む。一息吸って、刀に手をかける。彼女の刀は魔術によって作り出されたものではない。抜いて、振れば、届く。


 ──落ち着いて。ウチが今相対してるこの人は、アイツじゃない。ウチの胸は裂けない。ウチの心は折れない。ウチはもう──迷わない。


 磨かれた刀身が、さらけ出され外界の光を受けて閃く。斬るのは敵じゃない。弱い自分自身だ。


「──彼のように、強くなりたい」


 カムダールの繰り出した斬撃がプロテインの筋肉質な体に深い傷をつける。


「ぐおオオオオオオオオッッッ! アタクシの、アタクシの筋肉があああああああッッッッ!」


 プロテインは体に走る痛みよりも、己の筋肉じしんが破壊されたことにひどく絶望した。


「やった……ウチ、やりました……!」


「殺すッ! 貴様だけは殺してやるッ!」


 達成感と脱力感に身を任せながら落ちていくカムダールを追って、プロテインは右足を蹴り上げる。


「カムダールさん!」


 そのことに、プロテインの背面から攻撃を加えている拓人がいち早く気づく。しかし、場所が悪い。つま先は今にも彼女に当たらんとしている。いくら瞬間移動ができるからと言って、まだ【至上の実論】を使い慣れていない彼の速度では間に合わない。


 ──このままでは……!


「──【反骨、挫けぬ忍耐ハードシールド】ッッッ!」


 その一声で──プロテインのつま先とカムダールの体……そのわずかな隙間に薄い円盤状のガラスのようなものが差し込まれる。受けた攻撃を跳ね返すその盾は、プロテインのキックによるパワーさえをも反射する。


「ぬああああああああッッ!!」


「アン! どうして魔術が……!」


「【大筋圏内】の効力が弱まっているからだッ!」


 アンの代わりに彼女の一歩後ろに立つエレンが叫んだ。


「【当方見聞録プライベート・ファイリング】も一瞬だけだが先ほど通じた!彼女の自信は揺らぎかけている!畳み掛けるなら今だ、諸君!」


「なぜですの……おかしいですわ、こんな、こんな」


「──破裂クラッシュ


 未だ右足を上げたままの格好になっているプロテイン。現在、全体重を支えている左足のそばでシャボン玉が生み出され、弾ける。


「なッ、ああッ!」


 バランスを崩したプロテインは仰向けの状態になるように倒れた。


「寝てるライデンちゃんの代わりに、ボクも一発入れとく」


「レジー!」


 声のしたほうを拓人がチラリと見やると、レジーもすでにアンとエレンに合流しているようで、二人の近くで浮いていた。


「ライデンちゃんの傷は治した! もう心配いらないから、気持ちよくブッ飛ばしちゃって!」


「おう、ありがとう!」


「ではでは〜、ウチもお言葉に甘えて〜」


 ライデンの無事とアンたちの加勢を受けて気力が回復した拓人とカムダール。二人は地面に降り立ってから高く飛び上がる。


 カムダールは落下しながら目標を見定める。彼女は気づいていた。プロテインが、それをかばいながら戦っていたことに。


 プロテインが腰に巻いた太いベルト。その真ん中に輝くのは『黒い石』。そこからだ。そこから──イヴィルヘルムの魔力を感じる。


「……ッ! させるかあッ!」


 カムダールの狙いに気づいたのか、プロテインは倒れたままの姿勢でありながらも手を、足を、最大限に動かして彼女の身に届かせようとする。だが……。


「うおりゃッ!」


「【凄烈、曲がらずの心グッド・バイ・ラン】ッ!」


破裂クラッシュ連鎖爆撃シークエンス


「【一星風尾アローヘッド・テイルウィンド】!」


 右手を拓人に弾かれ、左手をアンに打たれ、左足をまたしてもレジーに受け流され、続けざまに放った右足を最大限に追い風を吹かせたヌスットの矢に刺された。すなわち──プロテインの最後の抵抗は完膚なきまでに防がれた。


「もおおおおおおおおッッ! 何なんですのおおおおおおおおおおッッッ! あなたたちはああああああああああ!」


「何なのと言われると──」


「ねえ?」


 拓人とカムダールは一瞬照れたように顔を見合わせてから、したり顔で言った。


「「勇者ジールの遺志と願いを継ぐ者」」


 頭から垂直に落下しつつ、カムダールはもう一度刀に手をかける。狙いは『黒い石』。イヴィルヘルムの魔力が微かににじみ出るヤツの分身。あの時と同じ気持ち──否、あの時以上の想いを込めて──。


「平穏と、お昼寝と、だらだらすることが好きな──ッ! 我慢ならないことがあるんですッ!」


 一閃ブッた斬る


「これがウチなりの……宣戦布告だッ!」


『黒い石』は真っ二つに割れ、醜悪な魔力の残滓が空中に霧散する。それは効力を弱めながらも周囲に漂っていた【大筋圏内】の瘴気に巻かれて跡形もなく消滅した。


「ざまあみろ、ってんですよ」


「う……あ……」


 プロテインの手足が、だらりと下がり地面に叩きつけられる。他の臣下たちと同じように、彼女も『黒い石』を破壊されて気絶したようだった。


「お見事な──大脱走でした」


 カムダールの元へと歩み寄った拓人が、彼女の健闘をたたえた。


「はあ……はあ……」


 カムダールはまだ、返事ができない。少しきつめの運動をした後のような疲労感と胸の高鳴りが、彼女の体を支配している。


「拓人さん……しません?」


 しばらくしてから、カムダールは少し遠慮がちにそれだけ言った。


「えっ」


 握手という言葉に拓人はドキッとしてしまった。この世界に来てから、その行為にはあまり良い思い出が無い。きっとそのことを知っていたから、申し出た彼女自身も少し迷っているのだろう。


 だが、拓人はこの世界に来てから最初の──アンとレジーの二人と交わしたそれを思い出しながら言った。


「はい」


 その言葉に応じて、幼女である拓人の背丈に合わせるようにカムダールが腰を屈めて手を差し出す。まだ戦闘の興奮冷めやらぬ彼女の手は、トクントクンと小さく……それでいてせわしなく脈打っていた。

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