第113話 リアル・ファンタズム

「貴ッ……様ラァァァァァァァァァァアアアアア!」


 ドノカ村の全てを覆い尽くすようなプロテインの怒号。大気さえをも揺らすその声を耳に受けながら拓人は冷や汗を流した。


「仰った通りに、挑発してみましたが……」


「はい、満点です〜」


 カムダールは親指と人差し指で輪っかを作って拓人に見せつけながらウインクした。


「ウチの見立てでは、彼女の魔術は混じりっけなしの傲慢属性。筋肉に対する自信のみを頼りにしているのでしょう……だとすれば、『憤怒』……すなわち怒りは完全に余計な要素です。それが入り込む余地があるということはつまり、彼女の自信は今揺らいでいる。ヌスットとゴートー、そしてアンちゃんが頑張ってくれたおかげです」


「ただ、プライドを傷つけられて怒っているフリをしている可能性もあるから油断は禁物……ということですな?」


「おお〜、授業をちゃんと聞いてくださってるからこその発言。素晴らしい、花丸もあげちゃいますね〜」


 カムダールはニッカリ笑ってから、少し不安げに自らの足に目を落とす。


「な〜んて、偉そうこと言ってるウチもブランク空きすぎでガクガクなわけですが〜」


 確かに、彼女の足は震えていた。無理もない。彼女は、たった今立ち上がったばかりなのだから。恐怖に打ち勝つために。


「ワ、ワシも面と向かって敵と戦うのは初めてなので、ちょっと……というか、かなーり緊張しとるのですが……」


 拓人もまた全身を小刻みに震えさせていた。先ほど啖呵を切った二人はどこへやらといった感じである。


「タクトさんが初心者でウチがリハビリ……あはは〜、普通それ逆でしょ、って〜……」


「……ふぅんッ!」


 自分そっちのけで会話に勤しむ二人にしびれを切らしたプロテインが右拳をカムダールに向かって振り下ろす。


 そのまま当たっていれば、潰れているであろう一撃。当たっていればの話、だが。


「アンちゃん、二人をお願いします」


「……ッ!」


「は、はい!」


 プロテインが殴りつけたのは、またしても地面だった。疲れ切ったヌスットとゴートーを抱えたカムダールが、アンの前に二人を横たえる。


 ──また避けられた!!……ですがッ!


 プロテインは憤りながらも、頭の片隅で好機だと判断した。今、目の前にいるのは拓人一人だ。彼女は、すかさずもう一方の拳で彼に狙いをつける。


 ──アイスキャロル王は言っていたッ! タクトとかいう精霊術師本体はザコだと! ザコが孤立しているなら先にそちらを片付けるッ!


 振り下ろした拳が拓人の頭蓋に迫る。その時──拓人の姿が消えた。


「なッ!」


 次の瞬間、彼は振り下ろされた拳の上に乗っていた。


「う……おりゃァァァァァアアアアアッッッ!!」


 間髪入れず全力疾走でプロテインの拳から腕へと伝って駆け上がる。筋肉によって形作られた凸凹でこぼこを足がかりにして迅速に、それでいて着実に登っていく。


「しゃあッ!」


 肩口まで登ったところで飛び上がる。およそ幼女の体軀たいくから繰り出されたとは到底思えない跳躍を見せ、拓人はそのままの勢いでプロテインの顎を蹴り上げた。


「……!」


「……ッたぁーッ!」


 悲痛な叫び声を上げたのは……拓人のほうだった。足を押さえたまま自由落下していく。


 ──こいつも、瞬間移動を……⁉︎


 プロテインのほうは何が起こったのかわからずに呆然としていた。


「……おっと〜、危ないですよ〜タクトさん」


 狙いすましたようなタイミングでカムダールが駆けつけ、拓人を優しくキャッチする。


「……す、すみません。ありがとうございます」


「いえいえ〜、ナイスチャレンジでした〜……さて、ウチもそろそろ頑張らないといけませんね」


 半目だったカムダールの目が完全に開く。その殺気によって我を取り戻したプロテインは警戒を始めた。


 ──またあの高速移動が来ますの⁉︎ 次は一体……?


 彼女の予想通りにまたしてもカムダールの姿が忽然こつぜんと消えた。だが、左右を見回しても姿がない。それならば……。


「上か!」


 プロテインが顔を上げると、刀の鞘に手をかけたカムダールが着物をはためかせながら一直線に落ちてきていた。


「笑止! おくらいなさいませッ!」


 プロテインは拳と瘴気をカムダールに向けて同時に放つ。


 ──これならば確実にヤツを仕留められるッ! その瞬間移動の魔術も、華奢な体も粉々にしてさしあげますわッ!


 カムダールは霧に包まれながらも、真っ直ぐに落下する。プロテインの拳が目の前まで迫ってきた瞬間に刀を抜きかけた……。


 その途端、拳が当たる直前のところでまたしてもカムダールの姿が消失する。


 プロテインが虚空に向かって拳を突き上げている傍らで、びっしょり汗をかいたカムダールが拓人に介抱されていた。


「い、いや〜、いきなり本気でぶった斬ろうとするのは、やっぱちょっとビビっちゃいますねえ〜」


「だ、大丈夫ですか、あまりご無理はなさらずに」


「お気遣いありがとうございます〜。せっかくのリハビリですから、ちょっとずつ慣れていくことにしますね〜」


 ──いっ、一体、どうやった?


 拳を上げたポーズのまま、プロテインもまた大量の汗をかきながら思考を回す。


 ──ヤツはアタクシの【大筋圏内ゼロ・アトモスフィア】の瘴気を真ッ正面から受けたはず……それなのに瞬間移動をすることができた……。


 つまり瞬間移動の術者は──。


「(ヤツ自身では無く、他にいるということですのッ⁉︎)……とか考えるのが普通ですよね〜」


「なッ……!」


 今まさにプロテインが巡らせた考えに言葉を被せられる。発言したのは──もちろんカムダール。


「でも、残念ながらハズレです。優等生の解答なのでさんかくぐらいならあげてもいいかもしれませんが」


「は、ハッタリですわッ! アタクシの考えが図星だったから出まかせを……!」


「あなたの【大筋圏内ゼロ・アトモスフィア】の霧は、場所による濃淡はあれどすでに村全体を覆う勢いです。自分自身ならまだしも、他人を遠隔操作で瞬間移動させるなんてたいそうな魔術が十全に働くはずないじゃないですか」


 それとも自分の魔術に対する『自信』……無くなってきました? とカムダールは珍しく意地悪な笑みを浮かべてプロテインに対し揺さぶりをかける。


「だったら、なんなんですのォ! そのふざけた魔術は……ァ……!」


 いつの間にかプロテインの背後にいた拓人がその背中を蹴る。彼女にとっては、取るに足らない攻撃だ。しかし、同時に理解していた。先ほど顎を蹴られた時よりも威力が上がっている。


 ──おかしい、おかしいッ!


 なぜカムダールのみならず、拓人も同じ魔術が使えるのか? 他人を瞬間移動させる術者がいるのではないか、という推理に至った理由はそこにもあった。


「それでは──答え合わせといきましょうか。これ実はなんです。魔術と言えば、魔術なんですけど」


「は?」


 プロテインが呆気に取られた瞬間、カムダールが彼女の胸の前まで移動し再度刀を抜きかける。しかし、刀身がが日の目を浴びる前にやはりその姿は消えてしまう。代わりに先ほどよりもさらに強い拓人の一撃が脇腹から入った。


「ぐッ……おっ……」


「肉体強化の魔術は通常、体の表面に魔力を纏わせて様々な能力を発揮させます。単純に魔力を放出し、攻撃力を高めたり、器用な術者であれば地水炎風などの付加価値を与えることもできます」


 カムダールは現れては消え、動きでプロテインを翻弄する。


「しかし、それは魔力を外に出しとることは変わらん。普通ならアンタの【大筋圏内】によって無効化されるのがオチじゃろう」


 拓人が言葉を継いだ。彼の移動もまた高速であり、二人同時となるとプロテインも追いきれない。


「ウチたちのこれは内側からの肉体強化。瘴気によって分解されることの無い魔術。魔力を『内側に封じ込める』封印の勇者から伝えられた魔術闘法の一つ──」


「人体の最大出力を常に出し続けることができる。それが──」


 拓人とカムダールは空中で背中を合わせながらプロテインに挑戦的な笑みを向けた。


「「勇者ジールの遺産──【至上の実論リアル・ファンタズム】」」

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