第110話 やらなきゃいけない時
「ふん」
プロテインは腕を組みながら視線を拓人たちからヌスットとゴートーの二人組に移す。
「思いの外、小賢しい術者のようですわね。そんなにアタクシと戦いたいのかしら?」
「戦いたいわけねーだろ!」
ゴートーが、目を見開きながら叫ぶ。情け無い発言をはっきりと言う姿にアンとエレンは、ずっこけそうになったが、半ば弱い者の気持ちがわかる拓人は、その姿にかえって男らしさを感じた。
「実力差は圧倒的だ。姐さんや、タクトさんたちのためじゃなきゃ泣いて頼まれたってするもんか」
「でも、今は他ならないその人たちのため」
兄の言葉を一番の理解者である弟が継ぐ。
「人には、やらなきゃいけない時がある」
「それが、今だ」
「はッ! ずいぶんとお可愛らしいことを仰いますのね──よろしい、遊んで差し上げますわ」
兄弟の覚悟をプロテインは鼻で笑い飛ばす。
「アタクシは、ここから一歩も動きません。どこからでもいらしてくださいな。そうね、上手くアタクシを楽しませることができれば、あなたがたの目論見通り、時間を稼げるかもしれませんわ」
「「!」」
──やはり、見破られている。
拓人にだって、ヌスットとゴートーの意図はわかる。まず、第一にライデンの回復。そして、あわよくば復活した彼女の背にカムダールと拓人たちだけでも乗せて逃す。もし、超加速を使えるならなおのこと良い。きっと、そう言った考えなのだろう。
レジーのほうに目を移すと、ライデンは巨大なシャボン玉に包み込まれていた。間に合うかどうか、そもそも助かる見込みは──それに。
拓人は、いったん視線を戻し、プロテインの背中、そして彼女とにらみ合うヌスットとゴートーのさらに向こうを見る。レギヌの家屋の中、彼女自身が窓から外の様子をうかがっている。怯えてはいるものの娘とともにいるためか、その顔には母親としての強さが残っていた。
──ライデンちゃんが回復したとしても、レギヌさんたちや、他の村の方々を連れて行く余裕はない。時間的にも、人数的にも。
そこまで考えてから拓人は違和感を抱く。
──待て、本当にそうなのか?
ヌスットとゴートーは、カムダールのことを一番に考えている。そのことはドノカ村で一緒に生活していれば、わかることだった。しかし、だからと言って『彼女のためなら何でもする』、『彼女が無事なら他はどうでもいい』とまで考えているわけではないこともまた明白だった。彼らはあくまでも人間らしい。人情味に溢れている。村の人間全員が大事だ。だからこそ、そこまで残酷にも、優しくもなりきれない。
改めて、二人の表情を見直す。確かに、切羽詰まってはいる。無理に浮かべた笑顔の九割がたが、きっと虚勢だ。だが、残りの一割は──。
──何か、あるのか。他に、道が。
拓人は視線と思考を迷わせる。やがて、そのどちらもがカムダールへと終点した。
まさか、そんなことが。でも、全員が助かるにはそれしかない。
──そうか。二人は。
拓人は先ほどの思考の一部を撤回する。ヌスットとゴートーは、彼女のためなら……本当に彼女のためになるならば、どこまでも優しくて、残酷だ。
「近い。近い。近いよぅ。アイツの魔力、が、やだ、いやだ、助けて、助けてっ」
カムダールは、頭を抱えてしゃがみこみながらブルブルと震えている。講師である時の余裕も、村の長であるという責任感も今の彼女からは微塵も感じられない。自分のことで精一杯で、その肝心の自分自身さえ救うことができていない。
拓人に彼女を責めることはできない。前世の、社会に対して怯えっぱなしだった自分の姿とどうしても重なる。それが無くとも非難するつもりはない。この場でイヴィルヘルムの恐怖を真に知っているのは彼女だけなのだから。
「カムダールさん」
拓人はしゃがみ込む彼女の前に出る。
「失礼します」
そして両手でその顔を掴み、視線を合わせると頰をこね回した。つい一週間前、彼女が拓人にしたように。
「ひゃっ……」
「ワシの目を見てください。ワシの手に集中してください。ワシと呼吸を合わせてください。今、この瞬間のみで構いません。ワシのことだけを──考えてください」
「え、ええええ、えっとお……⁉︎」
「深呼吸をしましょう。いったん手を離します。ワシと同じリズムで……すぅぅぅぅ……はぁぁぁぁ」
カムダールは戸惑っていたものの、言われた通りに呼吸を
「「すぅぅぅぅ……はぁぁぁぁ」」
数度、繰り返す。後ろでは息もつかせぬ戦いが巻き起こっている。また他人任せだ。それでも……まずは自分自身に出来ることを全力でやる。今までだって、そうしてきた。
カムダールの震えは止まらないものの、少し治る。拓人の目を見るなけなしの余裕ぐらいは出てきたようだ。今なら言葉を伝えられる。
「申し上げたいことが、あるのです」
──今からの、ワシの言葉で決まる。彼女の心を生かすか殺すかが──。
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