第109話 ストロング・クレバー・ビューティフォー

 カムダールは体を縮めるようにしゃがむと、ぶるぶる震えだした。


「き……来たっ、来たッ!」


「だ、大丈夫ですか!」


 拓人が、まず駆け寄った。まるで村に初めて訪れた時と同じ様子だ。


「何が……来たの?」


 レジーがおそるおそる尋ねた。間近で急に怯えだしたカムダールを見たせいだろう。動揺が彼女にも伝わっているようだった。


「え……あ……」


 普段ほとんど糸目のカムダールが、完全に開ききった瞳孔で拓人たちの顔を順繰りに見る。彼らの表情を見れば、全員に多かれ少なかれ自身の不安が伝染していることは明らかだった。


「ん……」


 恐怖に耐えながら、くちびるを引き結ぶ。生徒を怖がらせてはいけない。そう考えながら少しでも言葉を紡ぐ。


「ここから、数キロ、さ、きから、大きい魔力のかたま、りが、来ます。走って、きます。どうしてかわかんないんですけど、微かに、『アイツ』の……イ、ヴィルヘルムとおんなじ魔力、も……」


「アイスキャロルの臣下ですか……」


「巨大な魔力、となれば『七服臣セブン・ミニスターズ』の可能性も高いな。すぐに戦闘の準備を……」


「あ」


 アンとエレンが神妙な顔で言葉を交わし合っていると、カムダールはまた声を上げた。


「ど、どうかしましたか?」


「うそ、うそっ」


 そばで寄り添っている拓人が彼女の背中をさすりながら言葉を促した。


「も、もう、ッッ!!!」


 カムダールがそう言ったのと彼女の家屋が崩壊したのは、ほとんど同時だった。何か巨大なものが投げ込まれ、弾丸のように木組みの家の外から中へ、中から外へと貫通して、その一瞬後にはバラバラに崩れ始めた。


破裂クラッシュ連鎖爆撃シークエンスッ!」


 拓人たちに降りかかる家屋の残骸をレジーのシャボン玉たちが弾く。いくつかの木片が彼らの肌を掠めたが、彼女のおかげで大きな怪我を負うことはなかった。


「あら、まぁ、今ので一人ぐらいは潰れてくださると思ったのに」


 拓人たちは巻き起こる粉塵の中に敵のシルエットを見た。屈強な体と長い髪、体の小さい彼らにとってその人物はまさしく巨人だった。


 舞い上がる木屑と土煙が晴れた時、とうとう敵の姿が見えた。身につけた赤いドレスは自前の盛り上がった筋肉によってパツパツに張り詰めている。


 その鍛えようは男性顔負けで、実際彼女の声が高くなければ女性だとはなかなか気づけない。


 筋肉のみならず、エラの張った頰も、切れ長の瞳も、全てが彼女の力強さを表しているかのようだった。


「アタクシは『七服臣』が一人。ボンヘイ国健康福祉担当大臣、プロテイン・マッスルフィリア。王の命により、あなたがたの身柄を拘束させていただきますわ」


 そう言いながらサイドチェストを決めた。


「……なっ、おかしい、おかしいぞッ!」


  【当方見聞録プライベート・ファイリング】をすでに展開していたエレンが叫ぶ。明らかな動揺があった。


「どうしたんじゃッ!」


「全く読み取れないッ! 虫喰いだとかいう話じゃない! ヤツから取得できるデータが全くないんだッ!」


 戸惑うエレンの様子をくだらなそうに一瞥してから、プロテインは腕を組んだ。


「ふうん。あなたがた、ご自分のことで手一杯のご様子ですが、もう少し周りを見たほうがよろしくてよ」


「ど、どういうことですかな?」


 拓人がなけなしの虚勢を張って平静を装いながら問いかける。ここ数日の戦闘練習のおかげかプレッシャーへの耐性も多少はついていた。


「たとえば、あなたがたの家にぶつかったものは何だったか……一度、確かめることをおすすめしますわ」


 アンが敵の動きを警戒して、すでに剣を構えているのを認めてから拓人は振り返った。擦れて剥げた地面の先……何か茶色い生き物が血を流して……あれは──。


「ライ……デン……レジィ!」


「うんっ!」


 拓人の声に合わせてレジーはシャボン玉に乗り、急いでライデンの元へと向かう。


 ライデンが、負けた。


 彼女はここ数日ドノカ村で十分な休息を取っていたはずだ。超加速を使った後で拓人たちと戦ったあの時よりもコンディションは遥かに整っていただろうに。それでも負けた。


 それだけで相手がどれほどの実力者なのか……いや、むしろわからない。ライデンと戦って敵は無傷でいる。全くもって強さは未知数だ。


「お言葉ですけど、降伏したほうが身のためですわ。アタクシ、手加減は苦手──」


 プロテインは、ふと痒みを感じて自ら腕に視線を向ける。ドレスの上からでもわかる上腕二頭筋に一本の──矢が刺さっていた。


「姐さんに近づくなッ! この筋肉オバケ!」


 プロテインの魔力を感じたのか、カムダール家の崩壊音を聞いたのか、息急き切って家から出てきた様子で弓矢を構えるのは、ヌスットだった。


「あら、あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 プロテインは微笑みながら矢をつまんで、引き抜くと──。


「ご褒美をあげるわ。あり合わせの品で、ごめんなさいね」


 ヌスットに向かって、投げ返した。ごうっ、と矢は風を切り、目にも止まらぬ速さで彼の脳天に向けて突き進む。当たれば頭蓋を貫通するどころか、粉々に砕いてしまうであろう一撃。もちろん、ヌスットに避けられるはずはない。だから──


「上昇だッ! 機長ッ!」


「オヘッ!」


 ヌスットの額すれすれのところで矢が不自然な軌道を描き、彼をかわす。しばらく自らの勢いを殺すかのように空中で踊り回った矢は、一人の男に掴まれた。


 彼の名はゴートー。ヌスットの兄にして、最高の相棒。


「見るからに強そうだな、テメー! しかし、だからこそ──弱者の力を舐めるなよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る