第108話 魔力分類学II 講師 カムダール・スロウスロウス 2単位

「さて、先ほど傲慢属性を『自信属性』に改称しようと言う動きがあっていまだに成功していないというお話をさせてもらいましたが〜〜」


 と、カムダールは続ける。属性に関する授業は後半にさしかかろうとしていた。


「逆に改称が成功した例が愛属性なんですよ〜〜。昔は『色欲』属性なんて呼ばれてたんです。もちろん性欲をエネルギーにする人もいないではないんですけど、そんな呼び方モラルのカケラもないじゃないですか〜〜。そのせいで今も差別意識や偏見を持っている人もいるようですし〜〜」


 やはり……この世界でもそう言ったものはあるのか、と拓人の心は陰々滅々とした気持ちになった。人間がいる限り、そう言ったものは無くならない……のだろうか。改称が成ったという話は、せめてもの救いなのかもしれない。


「愛属性は、その人が『好きなもの』に関する能力になることが多くなりますね〜〜。ライデンちゃんは皇帝様、レギヌは服、と言った風に人それぞれで能力にばらつきが多いのも特徴の一つです。


ああ、あと一応言わせていただくと、属性の決定は感情だけでなく生まれつきの要素もいくつかあるので『愛属性以外の人間は愛の無い冷たい人間』ので、あしからず。そう言った別の方向からの差別な動きも無いわけではありませんので、先ほどの話と一緒に心に留めていただけると嬉しいです」


「も、もちろんですとも……」


 拓人は元より他人を差別するつもりなど毛頭無い。むしろ弱い立場の人間であったから、無意識にもそう言った行為をすることがないよう心がけながら生きてきた。


 ただそれゆえに昔、差別されていた愛属性が新たな差別の軸になると言う話には少しドキリとしてしまう。最初の話で愛属性が被害者であるという意識になっていたが、それもまた属性だけで人を十把一絡じっぱひとからげにしてしまう差別と言える。


 ある条件だけで、こうだ、と何でもかんでも決めつけること自体がナンセンスなのだとわかっていても、知らず識らずのうちにそう考えてしまうのは人間の悲しい性であるのと同時に克服すべき課題なのかもしれない。だが、そう考えると他の属性に対するイメージは……。


「嫉妬は、人の足を引っ張ったり、逆に他人を目標に自分を……」


「あっ、なるほど」


 突然、アンが得心いったように手を叩いた。


「この授業の内容にどういう意味があるのか考えあぐねていたのですが……そういうことでしたか」


「おっ、アンちゃんわかっちゃいましたか! では、どうぞ、言ってみて〜〜」


 カムダールが関心したように促すので、アンの表情はますます得意になる。


「つまり、これは魔力の質から敵の性格を推測し、それに合わせた戦い方をするべし、ということですね。相手が傲慢属性なら、そのプライドを傷つけてペースを乱す、と言ったふうに!」


「アン……」


 それも一種の偏見ではないか、と拓人は戒めようとしたがカムダールの口ぶりから、そう言った回答が出るのも致し方ないような気がして言い切れなかった。自分もまた同じ答えを出しかけていたのだから。


「……あ〜〜、そうか、これはウチの伝え方が悪いですね……」


 しかし、カムダールの意図は違ったようで彼女は頭を二、三度かいて恥じ入るように少しうつむいた。


「申し訳ありませんが、今アンちゃんが言ったような決め打ちは


「えっ……なぜですか?」


 カムダールは目を開きながら、戸惑うアンに対しはっきりと伝える。


「きっと、みなさんを襲う敵……アイスキャロルの臣下たちは戦闘慣れしています。たとえば、アンちゃんは今『プライドを傷つけ、ペースを乱す』と言いましたが、その手の攻撃にもきっと慣れています。むしろ、そう言った戦法を逆手に取られ『ペースが乱れたふりをして、油断させておき不意に命を奪いにくる』なんて輩もいるかもしれません」


「うっ……」


「ウチがそれぞれの属性を説明する際になるべく『そういう人が多い』という枕言葉を付けていたことに気づかれましたか?」


「あ……」


 アンは思い出したように一つ呟いた。あとあと思い返してみれば、そんなふうに言っていたような気もする。


「多い、というのは裏を返せば例外もいる、というわけです。いえ……もしかすると『多い』というのさえ、ただのウチの印象で実態は違うのかもしれません。紋切り型の決め打ちは、いつか足元すくわれます」


「うぅ……」


 アンはとうとう自分のつま先を見るように視線を下げた。温厚なカムダールにしては、ずいぶんコテンパンにしたものだ。おそらく、それだけアンの意識が危ういと思ったに違いない。しかし、そこはやはり彼女であるから、すぐに柔らかな声と表情をアンに向ける。


「──でも、授業の意味を考えるということは、とってもとっても大事なことです。その自主的な思考力、是非とも大事にしてください」


「先生……」


 こう言ったところがあるから、拓人たちも安心して彼女に教えを乞うことができる。


「じゃあ、この授業の本当の意味って……?」


 レジーが首をひねる。拓人も一緒になって考え込んだ。


「そろそろ答えを言ってもいいかもしれませんが〜〜、もしかするとエレンちゃんはわかってたりします?」


 当然だ、とエレンは煙を吐き出した。優秀でありながら、とんだ不良生徒だ。


「属性から自身の性格の傾向を知り、どういった方向に力を伸ばせば良いかを知るため……だろう?」


「お〜〜さすがですね〜〜」


「ええと、つまり……」


 拓人は目を泳がせながら考える。いまいちわかったようなわからないような気分だ。


「感情と魔術のあり方が渾然一体こんぜんいったいなのは、すでに貴君も知るところだろう。カムダールは、この授業で特に魔術の源となる感情である『七欲』の説明と、それがどういった能力の形成につながっているかを大まかに伝えることで当方たちに方向性を示しているのだ」


「す、すまんが、もっとわかりやすく……」


「自分の性格とそれに合った能力の育て方を知ろう、ということだ。たとえばアンの『憤怒』は相手に怒りをぶつけるという攻撃性能の成長。盾にさえ反撃能力が備わっていることからも、これは明らかだ。レジーの『怠惰』は今よりも楽をするための、さらなる機能性の追求。当方は言わずもがな『自信』の源である推理力……と言いたいところだが、当方の推理力は完璧に至って久しいので、これを伸ばす必要はない。だから、推理をより盤石にするための情報収集能力の強化といったところだな」


「要するに、得意分野とその伸ばし方を知ろう……ということか?」


 正解、とカムダールとエレンが口をそろえた。ならば最初からそう言ってくれればいいのに。かしこ組の言葉は、どうしてこうも回りくどいのか。


「他にも、各属性に対する世間一般のイメージを伝える意味もあったのだろう。なるべく多くの見方や、差別うんぬんの歴史を話題にしているところを見ると道徳教育的な側面も兼ねていたのかもしれないな」


「あはは〜〜……エレンちゃん代わりに先生やります?」


 少し自虐的に言うカムダールに対し、エレンは肩をすくめた。


「光栄だが、遠慮しておこう。当方はただ推理を披露するだけだ。教えることに関しては、貴君には敵わない」


 ありがとう、とカムダールは頷く。約二週間毎日一緒に過ごしていたため、エレンが謙遜でそういうことは言わないとすでにわかっていた。


「……あ〜〜なんかお腹すいたと思ったら、そろそろお昼ですね〜〜それじゃあ一番大事な『強欲』についてはお昼ご飯の後……」


 と、呟いたところで──カムダールの顔がサッと青ざめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る