第107話 魔力分類学I 講師 カムダール・スロウスロウス 2単位

「今日は、我々の魔術の源泉『七欲』について講義をしま〜〜す」


 カムダールの家で今日も授業が始まる。


「『七欲』がどんなものなのかについては、みなさんご存知ですか〜〜?」


 ご存知ない。ベッドの上に座る拓人と彼の精霊であるアンたちは首を振った。ライデンは連日、戦闘の練習相手にされたり、臨時の講師として駆り出されたりしているためか気分転換だと言って、草原のほうで走り回っている。厄介ごとから逃げたかっただけかもしれない。


「七欲とは、憤怒、怠惰、傲慢、愛、嫉妬、暴食にまつわる欲──この世界では俗に六欲と呼ばれているものに、強欲を合わせたもののことを言います。人間の感情というものは、この七つにまつわるものに限らずもっと多種多様なものですが、魔力のもとになったり、魔術の主な性質を決めたりするのは主にこの七つだと言われていますね」


 拓人は、ふむと頷いた。六欲というのは生前にも聞いたことがある。確か仏教用語だったような気がする。だが、この世界の意味はそれとはあまり関係ないようで、むしろキリスト教の七つの大罪のそれに近い。


「まずわかりやすいのが憤怒、暴食ですね〜〜。怒りをぶつける〜〜とか、食べたい〜〜とか感情と行動が一本線でつながりますからね。素直に憤怒は攻撃的な能力、暴食は食べることに関する能力を発現させる人が大半です。暴食属性はみなさんの中にも、ウチたち村の人間の中にもいませんが、憤怒はアンちゃんやライデンがそうなので、なんとなくイメージしていただけるかな〜〜と」


「えっ、ライデンちゃんもですか?」


 アンが驚いたように声を出した。拓人も同じ疑問を抱いた。今の七欲のイメージで言えばライデンが該当するのは『愛』だろう。本人も確か愛によって魔術を発現させたと言っていた。


「はい。確かに愛属性も混ざっているとは思いますが、どちらかと言えば憤怒なんですよね。ライデンちゃんは大人なので普段の態度からはわかりませんが、魔力の質を見れば一目瞭然です。相当怒ってますよ、彼女」


 そこで拓人は一つの可能性に思い当たった。ライデンの主人であったアンガーは戦場で死んだと言っていた。まさか、アンガーを殺した相手に復讐を……。


「次に怠惰。ウチやレジーちゃんの属性ですね〜〜。面倒くさがりな人が多いので、一つの能力でいろいろ応用が利くような万能型が多いです〜〜」


「確かに、レジーのシャボン玉は使い道が多いのう」


 回復や敵の牽制、物資の移動はもちろん乗り物としても使える。確かアンもレジーの能力を紹介する時にその用途の広さを誇っていた。


「まあね」


「ただ、機能性を求めすぎて器用貧乏に落ち着いちゃう人も多いですが〜〜」


「……煽ってる?」


 ピクリと眉を動かすレジーにカムダールは「いいえ〜〜」とゆったり首を振った。


「レジーちゃんは文字通りの『万能』です。そこまで何でもできる魔術の使い手はこの世界でもなかなかいませんから〜〜」


「ふうん……そう」


 その言葉でレジーは機嫌を直したようだった。そっけないように見えるが、褒め言葉には結構弱い。


「傲慢属性はエレンちゃんですね〜〜。純粋に自分の自信そのものや、その源に関係した能力もあるので『自信属性』と改称する動きもあるようですが、他人にマウント取るための能力が多いっていう悲しい現実があるので未だ叶わずって感じです〜〜」


「【当方見聞録プライベート・ファイリング】は、もちろん前者だな。当方の自信の源である推理力をサポートするための能力なのだから、傲慢という言葉は似合わない。改称運動に参加している者たちには是非とも頑張ってもらいたいものだね」


 そうだろうか、と拓人は心の中で首をひねる。エレンが他人に向けて使っている『貴君』という言葉は目下の人間に対して使う呼称だし、普段の喋り方は幼女の割にやたら尊大だ。単純にマウント取りたがりな一面も……。


「貴君」


 エレンが、スッと釘を刺すように拓人を一声呼んだ。


「ポーカーフェイスの練習はしておいたほうがいいぞ……」


「すみませんでした……」


 やさぐれ気味にエレンはパイプをふかす。きっと拓人の表情から考えていることを推理したのだろう。表情についてもそうだが、それ以上に仲間へのリスペクトを忘れないようにしよう、と拓人は自身を戒めた。


「さて、今までの属性はみなさんに関係していることも多かったので想像しやすかったと思います。でも、ここからは未知の領域……後半戦いきますよ〜〜」

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