第106話 最硬の七服臣

 翌日から拓人たちは魔力を制御する授業とは別に、魔術一般に関する講義も行なってもらうようになった。


 拓人にとって学びが多かったことはもちろん、精霊であるアンたちにとっても、普段自身が意識せずに使っている魔術のメカニズムを理解するいい機会になった。そのモチベーションの高さたるやソリを引く犬のごとし、といった感じで授業を行っているカムダールのほうがヒィヒィ言ってしまうほどだった。


 授業だけにとどまらず、彼らは自主的に研鑽けんさんに励むことも忘れなかった。ドノカ村と、近くの草原の広い敷地を利用してギフトと行った模擬戦を始めとして、様々な取り組みによって自己を高めた。


 拓人も慣れないながら戦闘を行った。アンとも、レジーとも、エレンとも、ライデンとも、カムダールとも、ヌスットとも、ゴートーとも、戦闘能力を持つ他の村人とも戦った。


 結果はもちろん全敗。相手は今まで自分の魔術とともに戦ってきた者たちばかり。素人の付け焼き刃では太刀打ちできるはずもない。


 しかし、拓人個人の力に話を限れば、確実に上達を見せていた。少しずつ、少しずつ。戦闘においても、魔術においても。


 もちろん生前の失敗を繰り返すわけにもいかないため、睡眠時間等の休息は必ず十分に確保した。【当方見聞録プライベート・ファイリング】を使ったバイタルチェックなども行い、体調管理も万全だった。


 そうして、拓人が決意を新たにした夜から──あっと言う間に、一週間が過ぎた。






「マッスル、マッスル……」


 その女は、アンガーさえ顔負けの巨体を揺らしながら草原を疾走していた。彼女の踏みしめた大地には大きなクレーターが形作られていく。


「ライデンちゃんが向かったのでしょう? アタクシがわざわざ様子を見に行く必要がありますかしら?」


 王の前では言えなかった不平を少し呟いてから、ため息を一つ吐いた。いつまで経っても帰還しない点は確かに妙だが、仮にも七服臣セブン・ミニスターズの一角だ。負けることなどそうそうあってたまるものではない。


「ま、どちらにしろ答えはじきにわかりますわ」


 彼女は今、ライデンの足跡を辿っている途中だった。ライデンが超加速を使った場合、土にはひづめの跡が深く付く。時間が経っていたとしてもそう簡単に消えるものではない。


「マッスル、マッスル……おや……?」


 異変を感じて女は立ち止まる。地面の様子が今までとは違う。この一帯だけ、土がやたら広範囲にえぐれている。複数の犬か、トレジャーハンターが掘り返した後であるかのようだ。


「ふむ……」


 かがんで、さらに詳しく状態を観察してみる。焦げた草もわずかだが残っている。ライデンが雷を落とした証拠だった。


「少なくとも、ここで戦闘が行われたことは間違いないようですわね」


 次に四方を見渡す。超加速を使った蹄の跡はここで途切れている。戦闘によって魔力を使い切ったライデンは、超加速を使わずにゆっくりと王のもとへと帰還している途中──だというなら蹄の跡が消えていても不思議ではない。


「──いえ、ありえませんわ。それならどこかの時点で探しに来たアタクシとすれ違うはず……」


 苦痛が伴うことを我慢してまで遠回りする理由はない。なら他の可能性としては……。


「ライデンちゃんは、ここで倒された……どうやらアタクシは敵についても、我が王の賢明さについても侮っていたようね」


 ならば、次に考えるべきことは──どのように倒されたか。


「死んだ……にしては骨すらないのは妙ですわね。あれだけ大きな馬ですもの。殺されたなら死骸の一部くらい残っていても不思議ではないはず……」


 身体の一片も残さないほどの強力な攻撃を受けたか、それとも……。


「……石を破壊されて寝返った、か」


 女は、クスリと笑う。


「まぁ、彼女が敵に回ったとしてもアタクシにとっては大した障害にはならないわ」


 ──決して、アタクシには勝てないのだから。


 まだ見ぬ敵に、そして裏切り者に見せつけるところを想像しながら女は──サイドチェストを決めた。


「相手が魔術師である限り──」


 高貴なドレスの上から見え隠れする隆々とした筋骨が朝の光に照らされ、きらめく。それは彼女の類いまれなる自信そのものだった。


「この最硬さいこうの七服臣──筋肉令嬢プロテイン・マッスルフィリアの前に敵はいない」

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