第101話 ウチの、昔の話①
ウチ、最初はまぁまぁ裕福な家庭で結構幸せに暮らしてたんですよ。今じゃ想像つかないかもしれませんが。ここからずっと離れたグランセントラルっいう都会で。ウチにもシティーガールな時代があったわけです〜。
そこでパパとマ……いえ、今のは忘れてください。父と母との三人家族で、一人っ子だったウチは割と可愛がられてたと思います。お手伝いさんも何人かいらっしゃたんですよ〜。
ウチの家……スロウスロウス家は勇者ジールの子孫の家系にあたるんですが、父母は争いを好まない性格で商人をやってましたね〜……おや、驚いているようですねタクトさん。すみません、隠すつもりは無かったんですが。ま、ジールのことは関係ないので今は省くとして〜……。
とりあえず、ウチの家族はそれなりに上手くやれてたわけです。アイツが来るまでは。
その女は黒いスーツを着ていました。真っ白な髪との対比が、ムカつくほど綺麗だったのを覚えてます。瞳は
自分が開発した商品を勧めたいのだと女は言いました。持ってきた商品について『気分が良くなる飲み薬のようなもの』だと父母は説明を受けたようです。
もちろん、急に訪ねてこられてそんな怪しいものを持ってこられても取り扱うことなんてできません。一度はお断りしようとしたのですが……それなら、と女はもう一つあるものを取り出しました。
それは、とある国の王室が与えた勲章でした。いくつか種類があったと思いますが、ソイツが取り出したのは『信頼できる商人に与えるもの』だったと思います。
本物かどうかは、その装飾と込められた魔力によって判別できるらしく、父母も何度か別の商人に見せてもらったことがあったので、それをきっかけに少し信用してしまったようで──毒味がてら自分が試してみる、と父が言い出したんです。母やウチはもちろん、他の人にも任せられなかったんでしょうね。そういう人でしたから。
薬を飲んだ父の様子は──いたって普通でした。それどころか女の言葉通り、本当に『気分が良くなった』ようで肩こりや腰痛まで治った、としばらくの間、驚きっぱなしでした。
それなら、と母も一口。同じようにさっぱりした顔でお腹をさすります。応接室のドアを少しだけ開けて、こっそり様子をうかがっていたウチは母がその日腹痛に悩まされていたことを思い出しました。
──すぐにとは言いません。明日また今日と同じ、この時間に参上いたします。その際にじっくりお話合いをしましょう──そう言って女は一度出て行きました。開いたドアの裏にとっさに隠れたウチを見て女が笑ったように見えたのは、今考えると気のせいではなかったのでしょう。
その夜の食卓は……なんだか空気が悪かったです。二人とも言葉には出さないんですけど、何だかイライラしているのは肌で感じ取れました。母は食器を持つ手が震えていましたし、父が貧乏ゆすりしているところなんて初めて見ました。
女は言葉通り翌日も訪れ、ウチもまた前日と同じように応接室の様子を覗いていました。おそらく靴の音でしょう。父の座っているソファのほうからトントントントンというせわしない音が聞こえ、その後ろで母はソワソワと歩き回っています。どちらも仕事相手を前にした商人にあるまじき態度です。しかし、女は特に気にする様子もありません。むしろ、愉快そうに眺めているようでした。
アイツが取引の話を始めるや否や、両親はすぐにその薬を取り扱うと言ってしまいました。その代わり、自分たちの分も融通してくれないか、と。女は満足そうに頷きました。しかし、三つ条件がある、と。
一つ、服用は一日一錠に
二つ、子どもには服用させないこと。これはウチに飲ませないように、という意味です。
三つ、女が時々何かを欲しがった時にそれを渡すこと。これは強制ではありません──そのことをくどいぐらいに強調しました。ただし、渡せなかった日は、こちらとしても薬を差し上げることはできない、と。
二人は、その条件についても二つ返事で承諾し、女から渡されたその日の分の薬を美味そうに飲みました。
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