第99話 崩壊の三『勇者凱旋』
「今、先生は『封印』された……と簡単に
アンが驚きつつも目を輝かせながらカムダールに問いかける。しかし、彼女もまたその瞬間に魔力を漏らしたらしく、猫に対して指でくすぐるような仕草で喉を撫でられた。
「ひゃっ……ううっ……」
突然の攻撃に敵意のこもった視線を返しつつも、正当な罰なのだと理解したあとは甘んじて受け入れた。
ひとしきりアンの喉をくすぐって、しばらく癒された後、カムダールは再びパッチリと目を開け、真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「タクトさんよりも先輩の転生者──封印の勇者『ジール』によって」
「ワシよりも先輩の転生者……⁉︎」
拓人は目を見開きながらも、心の中ではその事実をすでに受け入れ始めていた。冷静に考えてみるとそうだ。拓人が転生者であるとギフトたちが自然に受け入れたのも、前例があったからこそなのだろう。
「ジールさん……そうですか、彼が……」
ライデンに続いて、アンまでもが訳知り顔になり始めた。しかし、興奮していた先ほどの様子とは一転してどこか物憂げな表情をしている。
「知り合いかの?」
「いえ……私は直接お会いしたことはないのですが、神様が時々お話されてて……彼には悪いことをした……と」
そう言って一層深く顔を下げる。まるで今まさに彼女の目の前に沈痛な面持ちの神がいるかのようだった。
カムダールはそんな彼女に同情のこもった視線を少しだけ送ったあと、振り切るように話し出す。
「ジールとは、先ほどお話しした冷機イノセントを封印したという伝説を持つ勇者です。他の世界から転生してきた、という言い伝えは正直言って半信半疑でしたが……タクトさんたちの存在や今のアンちゃんのお話を考えると、本当なのかもしれません」
「本当も何も……」
と言いかけたレジーが言葉を切る。無理もない。彼女たちにとっては神のことやタクトの転生は当然の事実だろうが、カムダールにしてみれば、どう真実らしく伝えられたって現実味がないだろう。『神を目にしたことがあるかどうか』。その壁は余りにも大きい。
「大丈夫です。みなさんが仰っていることを疑うわけではありませんので」
気まずそうにしているレジーに微笑みかけてから、カムダールは話を戻す。
「封印の勇者ジールによる攻撃は、魔術師連合軍にとって最後の手段でした。ですが、彼は五百人による一斉攻撃が効かないと見るや否や、これ以上被害を出すまいと王たちの制止を振り切って──封印の『矢』を放った」
「『矢』?」
拓人が小首を傾げながら聞き返す。
「そう、矢です。代償は彼の精神力。その一発を放てば彼の正気が無くなることは、あらかじめわかっていたことでした」
アンが膝に添えた両の拳を握りこむ。彼女はきっと結末を知っているのだろう。何度となく聞いた話なのかもしれない。
「ジールは見事、その一矢によってイノセントの封印に成功しました」
しかし、とカムダールの表情に影が差す。
「その後、正気でなくなったジール自身が問題になった……だろ?」
エレンが代わりに言葉を継ぐ。推理したというよりかは、知っている事実をただ単に述べたといった感じだった。
「はい……。ジールは、その封印の矢を乱射し始め……彼が守ろうとした五百人の魔術師連合も、それによりほぼ全滅しました。そして、彼自身もまた崩壊の一節となったのです」
「そんな……」
皮肉な話に拓人は、なんともやるせないため息を漏らす。
「じゃが、そのジールさんを制したのは、いったい誰なんじゃ? 今までの話から
的を得た拓人の推測を耳にしてエレンは、再度彼を褒めたい気持ちに駆られた。だが、あまり感情を昂らせると、また魔力が漏れてしまうかもしれない。むずがゆい気持ちのまま視線だけを彼に送っり、先の話はこのままカムダールに任せることにした。
「タクトさんの言う通り。しかし、封印の勇者ジールを封じるなんて芸当、彼自身にしかできません。彼の作り出した最後の矢は、その身を
カムダールは古き英雄に想いを馳せるように少し遠くを見てから「ともあれ」と表情を引き締め直す。
「なんらかの要因によって封印が解かれるようなことがあれば──この世の全てのモノは彼に『封印』されてしまうのかもしれません。それが第三の爆弾──」
──崩壊の三、『勇者凱旋』
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