第97話 崩壊の一 『原始回帰』

「今日は座学しま〜〜す」


 拓人たちがカムダールにそう告げたられたのは、彼らがドノカ村に来てから一週間が過ぎたころだった。その間の日々は中々にみっちりと充実したもので、魔力制御の練習はもちろん、それをしながら以前ヌスットやゴートーがやっていたのと同じように山菜を採ったり、動物を狩ったりもした。体力のあるアンやライデン以外は、そろそろ休みが欲しいと思っていた頃合いである。


「座学、って何やるわけ?」


 レジーが素朴な疑問として問う。


 拓人たちはカムダールの家のベッドに腰掛けていた。 全員で囲めるだけのテーブルと椅子もあるにはあったのだが、ライデン以外は椅子に座ってもテーブルから顔をちょこんと出すのがやっとだったので、こちらに移ってきたというわけである。


「この世界が抱く四つの爆弾『崩壊四節』について、です」


 物々しいテーマと急に険しくなったカムダールの表情に、拓人たちの背筋が思わず伸びる。しかし、


「……な〜〜んて言っても、どれも起こる可能性は低いって言われますけどね〜〜。ウチたちが生きている間は大丈夫かと〜〜」


 そうなのか、とカムダールの言葉で一瞬安心したが、心配性な拓人の心は、本当にそうなのか? という不安に変わる。ほとんど何も聞かないうちから考え込みそうになる彼の頭をカムダールは軽くチョップした。


「……うにゃ」


「え〜〜、もちろんウチがお話してる間にも魔力の制御はサボらずやってくださいね〜〜。漏れる量が大きくなってきたら、今タクトさんにしたような軽いチョップの他に、デコピン・こちょこちょ・ほっぺたむにむに、などの罰ゲームが待ち構えていますので、そのつもりで〜〜」






「それじゃあまずソフトなヤツからいきましょうか〜〜」


 そう言いながらもカムダールの目は少しばかり開かれる。彼女は真剣になった時や、重要なことを話す際にその瞳をのぞかせる。そのことに拓人は気づき始めていた。ただのクセなのか故意にやっているのかについては、まだ判別がつかない。


「魔力から物質を生み出せる……という事実は、みなさんもう知っていますよね〜。たとえば武器を生み出したりとか〜。ですよね? アンちゃん」


「…………そうですね」


 アンは微妙な間を置いて、微妙な相槌あいづちを打った。日々のやり取りで多少打ち解けた感はあるものの、それでもアンはカムダールから一定の距離を置こうとしている。


「レジーちゃんはシャボン玉、ライデンちゃんは皇帝様、と言ったふうに魔力を使って何かを作り出すということはできるわけです〜」


 では、逆はどうでしょうか──カムダールの目が一層大きく開く。


「つまり『物質を魔力に変換できるのか』という、お話です」


 ほう、と興味深そうなため息と魔力を一緒に漏らしたエレンの体をくすぐりながらカムダールは続ける。


「この命題は一部の物質については、すでに証明されています。なら他はどうか。武器も、シャボン玉も、人間も、そのまま魔力に置き換える方法が発見されてしまったら?」


「あっ、いやっ、ふふふっ……んっ」


 妙に色っぽい声の混ざったエレンの笑い声に邪魔されながらも、拓人たちは想像する。


「もし……人間が魔力に変換されてしまったら……」


 拓人がおどおどしながら発言する。そこに人としての意志は、魂は残るのか。


「ただ、魔力になるだけです。死ぬのとそう大差ないでしょう……いえ、肉体が残らない分より残酷かもしれません」


 拓人は、何だか薄ら寒い気分になってきた。そうなれば魂はどこへ行くのか、それとも魂さえ魔力として分解されてしまうのだろうか。


「そして、話はもっと規模の大きいものになります。たとえばただの魔力に変えられてしまったら?」


 拓人は妄想の世界で、宇宙から見た地球をイメージした。その青い星が何の前触れもなく、消え失せる。かつてあったその惑星の輪郭をかたどるようにボンヤリとした魔力の粒子がただよい、やがてそれすらも霧散する。あとには、それ以外何も残らない。人も、動物も、空も、海も、思い出も、何もかも。


「『世界の全てを魔力に置換できる』という命題の証明がなされ、その方法さえもが解明されてしまったら。特に世界の終末を望むような者がそれを見つけ出してしまった時──世界は終わります」


 拓人が固唾を呑む。世界の終末を望む者……それは、前世の、どす黒い感情に包み込まれていたころの自分と同じような人種なのだろうか。それとも……。


「世界は巨大な魔力の渦から生まれた──そんな神話になぞらえて人々は第一の爆弾をこう呼びます」


 ──崩壊の一、『原始回帰』

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