第96話 カッコ悪い自分からの
──もっと、急がねば。
責め立てる。
──もっと、頑張らなければ。
自分の声が、責め立てる。
──もっと、努力しなければ。
繰り返し、繰り返し。
──もっと、無理をしなければ。
いつまでも、いつまでも。
──そうしなければ、
「……うッ、わァァァァァァァァァァ!!!」
拓人は思わず跳ね起きた。その拍子に寝ている間に湧き出たであろう何本もの汗が、重力に負けてたらたらと顔を
「ひゃ! ……あ、悪夢とか見ちゃいましたか〜〜? ウチのベッドって、もしかして呪われてる……?」
拓人が声のしたほうに目を向けると、カムダールが上半身を預ける形で拓人の寝ているベッドに寄りかかっている。周りをみると、彼女の家屋の中にいるのだとわかった。
「も、もしかしてワシのことを看病して……」
カムダールも今さっきまで眠っていたのではないか、と拓人は考えたが彼女は軽く手を振った。
「いやいや〜〜、体勢が楽なんでこうしてるだけです〜〜。何かに寄りかかるとリラックスできるので〜〜」
「……!」
自意識過剰だった、と反省しかけた拓人へ向けてカムダールは少し意地悪な笑みを口元に浮かべてみせる。
「半分冗談ですよ〜〜。この体勢が好きなのは本当ですけど、拓人さんのこともちゃんと心配してました〜〜。まぁ、傷はレジーちゃんが治してくれたので、ウチが看病したとまでは言えませんけどね〜〜」
その言葉で、拓人の脳内に昨夜の出来事の輪郭がぼんやり浮かび上がる。確か【
「あの、ワシが着ていたあの服はどこに……?」
拓人が今着ているのは、入院着のようなゆったりした服だった。これもまた【秘服室】の中から引っ張り出してきたものなのだろう。
「マッドさんのことですか〜〜? あの人……? って言っていいかどうかわかりませんけど、隔離中です〜〜」
「隔離?」
「はい〜〜。レジーちゃんのシャボン玉の中で最低限の回復だけして、生かさず殺さずといった感じで〜〜。最初、アンちゃんとレジーちゃんはブチ切れて、さっさと火に投げ込んで焼こうってスタンスだったんですけど、エレンちゃんとライデンちゃんが情報を引き出せるかもしれないから待て、って
「ワシが寝とる間に、そんな話が……」
自分のために怒ってくれたことが嬉しい。冷静な視点を持つ仲間がいることが誇らしい。だけど、自分がそんな仲間たちに見合った存在であるかは極めて疑わしいことだ。拓人の不器用な心は、喜びをそのままの形では受け取れない。
「それで、アンたちは今どこに……?」
「ヌスットとゴートーに臨時講師を任せて、先に授業を受けてもらってます〜〜。時間は有限ですからね〜〜無駄にはできません〜〜」
カムダールの何気ない一言が、ちくりと胸を刺す。寝ている時も似たような声を聞いた気がする。夢、というよりかは、闇、と言った感じだったが。
「あっ、いえ、タクトさんを責めているわけではないです。昨日のことは仕方がありません。疲れもあるでしょうし、今日一日はしっかり休んでいただければ」
カムダールは目を半分ほど開いて、はっきり否定した。
「いえ、ワシも授業に参加します。ただでさえ遅れているのに、このままではついて行けなく……」
ベッドから降りようとした拓人だったが、いつの間にかちゃんと開いていたカムダールの瞳に射すくめられた。
「ダメです。ウチが言ったのは『しっかり』休んでください、です。適度な休息を取るのも授業のうち、と捉えていただければ」
「しかし、ワシは……!」
「……昨夜の戦いのお話、マッドさんから聞きました」
その言葉に、拓人の肩はビクリと跳ねる。なんと不細工な戦いぶりだったのだろう、というのが彼の自己評価だ。カムダールの視点からなら、どんな辛辣な意見が飛んでくるか、わかったものではない。そう身構えていたが──。
「──たった一人で、よく頑張りましたね」
彼女は、微笑みながらワシャワシャと拓人の頭を撫でた。
「あの……」
「いや〜〜、タクトさんこういうの好きかな〜〜と思って。嫌でした?」
「嫌……ではない、です、けど」
「なら良かったです〜〜」
こんな風に頭を撫でられるなんて、前世も合わせて初めてかもしれなかった。気恥ずかしくもあり、嬉しくもあるような妙な感覚になる。
「タクトさんは、ちゃんと自分にできることをやって勝利を掴んだと、ウチは思います。マッドさんも『知っちゃあいたが、妙なところで機転の利くジジイだぜ』って言ってましたよ〜〜」
「は、はあ……」
それは喜んでいいのか、どうか。
「タクトさんは状況に頼りきり、なんて仰ってたみたいですが、それは身の回りのものを上手く活用できていることの裏返しでもあります」
「え、と」
拓人は困ったような上目遣いで、相変わらず彼の頭を撫で続ける手を見るが、カムダールは気にすることなく言葉を継ぐ。
「『運も実力のうち』、です。残酷な言葉でもありますが、昨日のタクトさんにとっては、そうではありません。もし、首を絞められていた時にそのまま諦めていたら、チャンスを掴むこともできなかったでしょう。手段は……ちょっと危なっかしい感じでしたが、そのガッツ自体は大事です」
「や、やめ……」
「やめません。褒めます。一応、生徒さんでもありますからね。ともかく、この勝利は他の誰がなんと言おうと──タクトさん自身さえ、どう思っていたとしても──あなた自身が掴んだものだと、ウチは思います」
「──!」
嘘偽りのない、まっすぐな
「もう一度言います。今日は休んでください。焦らなくても、タクトさんは強くなれると思います。ウチが、きっちり指導しますので」
だから、やっちゃいましょうよ、と彼女は少し目を細める。
「カッコ悪い自分からの──大脱走」
その、見る者の心を救うような笑顔が見えたのは、ほんの一瞬で……彼女の目は再び糸のように細くなる。
「それじゃあ〜〜、ウチはみんなの指導に戻るので、ごゆっくり〜〜。でも、明日からはビシバシ行きますので、こうご期待〜〜」
カムダールは、そう言って軽く手を振りつつ外へと出て行った。拓人の頭にはしばらくの間、彼女の手のひらの温かさが残っていた。
「ホントなら、ウチにはあんなこと言う資格無いけど……」
家屋の扉をきっちり閉めてから、カムダールは一人、決心するように呟く。
「あの人たちの前では、カッコいい先生でいないとね」
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