第94話 タクト・イン・クローゼット・サークル④

 拓人はマッドの突撃を受け──バラバラに砕け散った。


 ──いや、違う!


 いち早く気づいたのは、攻撃を行ったマッドだった。彼の操るゴスロリ服──【装女王ハートアリス】に人体を砕くほどのパワーが無いことは、術者である彼自身が一番よく知っている。


 ──これは、鏡!


「ぐっ、うっ!」


 自らが破壊した鏡の破片を浴び、その布の体に虫が食ったような穴や、生地の解れを作ってしまった。


 倒れ伏したマッドの背後から拓人が歩み寄り、手ごろな破片を拾って……彼に刺す。


「いぎぃッ!」


「下手に動かんほうが良いぞ。今度は袖が破れるだけではすまん」


 拓人は握った破片で自らをも傷つけながら、蝶の標本に針を刺すような作業を繰り返す。気づけばマッドは床にはりつけにされていた。


「アンタの言う通りじゃ。ワシは一人ではなにもできん。今もこうやってレギヌさんの力を借りとる。情けなくて涙が出るわ」


 そう言って拓人は、本当に泣いていた。彼の体もまた、マッドの割った鏡の破片による傷がいくつか付けられていたが、涙はそれによるものではない。


 ──そうか! 念じれば鏡を出せるッ!


 拓人の言葉でマッドは思い出す。レギヌが何気なく言った一言だったが、それもまたこの【秘服室】という空間が持つ性質の一つだった。


 ──あの女がチラッと言っただけの能力を応用したってのか⁉︎ いや、それだけじゃなく……。


「じゃが、無力なワシだからこそ利用しない手はなかった。というアンタのその魔術の性質を踏まえれば、なおさらな」


 ──オレの【装女王ハートアリス】の能力にも気づいて……!


 拓人が最初に違和感を抱いたのは、首を締められていた最中だった。彼は敵の正体を見極めようと、その時も鏡に目を向けていた。しかし確認できたのは、もがく自分だけでそれ以外は何も映っていない。首に巻きついていた袖の形状も喉をかきむしったから、わかっただけだった。


「服を脱ぐと発現する性質なのかの? それか、何か別のスイッチがあるのかは知らんが……どちらにしろ、あんたの魔術しょうひんのウリは、その隠密性にあるんじゃろ? 道具屋で身に付けてから、誰もアンタの正体に気づいた者がいないところを見ると、魔力に関しても徹底されとるな」


 ──そこまで……わかるのか。


「もちろん、急に首を締められたせいで混乱したために見間違えただけという可能性もあったからのう。さっき追われた時にもう一度確認させてもらったわ」


 そう言って拓人が見せたのはのついた『手鏡』だった。


「なッ……あッ……!」


「レギヌさんは『念じれば鏡を出せる』とは言ったが、何も姿見だけだとは言っとらん。服が似合っとるかどうか確認することが目的の鏡なら、多少のバリエーションがあったとて不思議ではない」


 拓人は自慢げでもなく、勝ち誇ったふうでもなく、静かな怒気を孕んだ声で淡々と続ける。


「あとは服の列の中に飛び込み、通路のほうへ抜けたと見せかけながら、迫り来るアンタを避けワシ自身の体を鏡に映るように持ってきた──自分の行動を改めてなぞってみたが、やはり運と偶然と状況に頼りきった行き当たりばったり。この数瞬間にワシやったこと……そのすべてが『賭け』で、成功する保証など、どこにもなかった。まったく、自分が嫌になる」


「イヤミかこのヤロオオォ! だったらそんなんに負けたオレは何だってん……ぐぎッ!」


 拓人は普段見られないような残虐性を発揮して、マッドを踏みつけにし、その足をグリグリと動かした。


「あまり、がなりたてんでくれんか? 首の傷に響く。それに、一番腹が立つのは自分自身じゃが、アンタへの怒りもまだ消えたわけではない」


 今から一つずつ質問していく。全て正直に答えとくれ──と冷徹な調子を崩さない。主導権は完全に拓人のものだった。


「さっきアンタは『殺す』と言っとったがそれはアイスキャロルの命令か?」


「……」


「答えろ」


 拓人は手近なところにあった新たな破片を拾って、今度はマッドの背中に突きつける。


「こ、今回の件はオレの私的な行動だ。王も、大臣たちもこのことは知らねぇ」


「本当か?」


「そうじゃなかったら、殺そうとしたりなんかするかッ! ライデンから聞いてないのか? うちの王の命令に逆らうと苦痛が伴うんだよ。そいでもって王は『誰それを殺せ』なんて命令は。何でも手駒にしたがる御方だからな。だから『殺す』なんて選択肢を持ってる臣下はオレみたいな完全プライベートか、そうでなきゃよっぽどの頭プッツン野郎! ただそれだけの話だ!」


 わかった、とため息を吐いてから拓人は次の質問に移る。


「アンタは『七服臣セブン・ミニスターズ』のメンバーか?」


「またイヤミかよ……ケッ、冗談でも、恐れ多いぜ。もしそうなら、お前なんぞにこうもあっさりやられるか」


 それもそうじゃな、と拓人はただ自然に受け入れた。今は手も足も出ない状態だし、曲がりなりにもここまで一緒に旅をしてきたマッドだ。現在の拓人の様子を考えれば、そういう答えが返ってくるのも承知していた。だがそれでも、なんだか調子が狂うというか、胸の悪い気分になった。


「それじゃあ、最後の質問じゃ──」

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