第93話 タクト・イン・クローゼット・サークル③

「グシャアアアアアァァァァァッッッ……!」


「げえっ……ゲホッ……げえ……」


 拓人は咳き込みながらも、目を離さないよう慎重に後ずさって距離を取る。袖を引きちぎられ、叫び声のようなものをあげているゴスロリ服から。


 さっきは急に息を吸い込み過ぎた。今度はゆっくりと呼吸しながら、欠乏していた酸素を頭に回す。


 ──『怒る』ことによってワシ自身でも信じられない力が出た。これも魔術の一環か?


 それよりも今は、と考えをいったん仕切って目の前の状況に意識を向ける。


 両側にずらりと服がかけられた通路で拓人は敵と向かい合う。残念ながら、敵のほうが出口に近い。さっきは夢中になって振り払ったので、そこまで気が回らなかった。外に出るには、隙を見て敵の横を通るか──倒すしかない。


 襲ってきているのは服だ。拓人が先ほどまで着ていたゴスロリに間違いない。腹のあたりにギザギザの口が開いて、叫び声を上げている。服に関する魔術、まさかレギヌが……。


 ──いや、違うな。


 他にも服は山ほどある。服を武器として扱うことさえもがレギヌの【秘服室クローゼット・サークル】の領分なら、それらも襲ってきているはずだ。万が一、何か事情があって一着しか操れないのだとしても拓人の服でそれをやるのは悪手だ。武器としてなら、彼女の私物であるこの室内にあるもののほうが使い慣れているだろう。


 ──となると……


「あの道具屋の親父か……」


「やっと、気づいてくれたな」


 拓人のボソリとした呟きに、ゴスロリ服はすぐさま返した。


「丹精込めて作った服なのによおぉ。お嬢ちゃん、それを脱ぐって言うんだもんなあぁ。他の服に乗り換えようとするんだもんなあぁ。そんなら──殺されたって仕方ないよな」


 ギザギザの口から恨み言、もとい逆恨みのような事を漏らし続ける服に……否、術者である道具屋の主人に向けて拓人は喉を痛めながらも語りかける。


「一つ……聞いておく。本来のアンタ自身は優しい人間じゃないのか? ワシが銃を突きつけられた時……けほっ、一番最初にギフトを止めてくれたのはアンタだったじゃろ?」


 拓人の記憶にある道具屋の主人の姿は二つある。一つは、拓人たちがウルトラレアに襲われている様子を無表情で黙って見つめていた姿。もう一つは店で会ったばかりの拓人たちに優しく接してくれた姿。


 前者は、アイスキャロルに操られ正気で無かった、という理屈で説明がつく。なら、服を渡してくれた、自分たちを守ってくれたあの時の優しい姿が本当なのではないか、拓人はそう言いたい。


「ああ、そんなこともあったな。そうさ、あれは本心からの行動さ。あの時のギフトは神経がイカれてるとしか思えなかった。こんなカワイイ子をよおぉ……


「は?」


「だから、オレはゆっくり首を絞めたんだぜえぇ。苦しみ、喘ぐ姿を少しでも長く見るために!」


 ニィィィィ、と服が笑った──ように見えた。


「幸福ってのは、じっくりと、ゆっくりと噛みしめるようにして味わうべきなんだ。お嬢ちゃんの肌を包んでいた時だって、そうだった。オレはずっと──」


「わかった。もう、その口を閉じてくれんか? 気色が悪い」


 拓人はそこで初めて、自分ではなく目の前の敵に怒りを向ける。旅の思い出が汚された気がした。


「ひでぇなあぁ。この数日間、一心同体だった相手によおぉ」


 冥土の土産に名乗り口上ぐらいは聞いていけよ、と服は相変わらずふざけたように笑いながら続ける。


「俺はボンヘイ国元兵器生産担当大臣、マッド・ラビット! 魔術名しょうひんめいは【装女王ハートアリス】──」


 だが、言い終わらないうちに拓人は走り出し、喋る服──マッド・ラビットから見て右側の服の列に飛び込んだ。


 ──確か……レギヌとかいうあの女の話じゃ、さっきまでタクトが服を選んでいた左手の列の先は行き止まりだったな……逃げ場が無いほうへ向かうほど混乱してはいないか……。


「だがな……」


 マッドは、さらに口角を上げる。


「知ってるんだぜえぇ! オレだってお前らとここまで一緒に旅してきた『仲間』なんだからよおぉ。タクトッ、お前が魔術をまともに使えない存在で今の馬鹿力もただのマグレだってことをなあぁッッッ!」


 そう叫びながらマッドは拓人を追って動き出す。ぴょんぴょんと跳ねながら、通路と交互に現れる他の服の列を掻き分けつつ彼の後ろ姿に迫る。


「お前は一人では何もできない! エレンもいない今じゃ、お前のピンチは誰にも伝わらない! 誰も助けに来ないッ!」


 とうとうマッドは右奥の服の列の前……最後の通路で立ち尽くす拓人の姿を見つけた。何かを諦めたかのように力の抜けている立ち姿を見て、彼は勝利を確信した。


「タクトッ! オレはお前と最後まで、ともに旅をできたことを光栄に思うぜえぇ! お前がダサくて、カッコ悪くて、その割に一丁前に肌は柔らかいところが最高だった! 一緒にいられて幸せだった! 別れは寂しいものだが、オレは達者でやるぜ!」


 さらばタクト!──飛び上がったマッドは勢いをつけて襲いかかる。


あかつきに死ねえええええッッッッ!!!!」


 彼の突撃を受けた拓人は──

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