第92話 タクト・イン・クローゼット・サークル②

「ぐっ……ぎぃ……」


 拓人は何者かによって首を絞められていた。背後には誰もいないはずだった。そのことは鏡の前に立っていた彼自身が一番よく知っている。


「ひゅう……ひゅう……」


 その何かは紐と呼ぶには太く、帯というには細い。それが首にぐるりと、ぴったりと巻きつき、ゆっくり気道を閉ざしていく。喉をかきむしるようにして外そうとするが、指を通す隙間はない。


 密室。


 一人きり。


 仲間は近くにいない。


 入り口からは距離が離れている。


 先ほどは拓人を興奮させた要素の一つ一つが、今度は彼を青ざめさせた。


 今回こそはもう、どうしようもない。


 意識が遠のく。狭くなっていく喉から笛のような音を響かせながら、酸素を求め必死に呼吸する。頭の中で何かがパチパチと弾ける。いきがすいたい。


 だれか


ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤたすけ……






 ──たすけて?






 ふつふつと、怒りがたぎるのを感じる。思考ではない。感情だ。頭からではなく、胸の底から湧き上がる。


 ──なにをいっとるんじゃ。


 アンたちに戦いを任せて、ギフトに助けられ、自分の無力さを何度も、何度も嘆いているくせに、何度も、何度も情けないと思い続けたくせに、また助けを求めるのか?


 ──そうじゃ、たかがそれだけのことなんじゃ。


 何か炎を出すとか、建物をほとんど自在に操るとか、心を読むとかの理不尽な攻撃を受けているわけではない。大槍で貫かれそうなわけでも、少しでも隙を見せれば首を飛ばされそうな絶体絶命の状況でもない。ただゆっくりと首を締められているだけ、それだけのことで──。


 ──ワシはまた、助けを呼ぼうとしたのか?


 怒りは首を締めている相手に向けたものではなく、他ならぬ自分自身に対するものだった。腹が立つ。無力な自分に。そして無力な自分に腹を立てているくせに、いざとなるとすぐに誰かに助けてもらおうとする自分は──もっと許せない。


「……!」


 両手で首の側面に手を当てる。なるべく頸動脈けいどうみゃくを避けて後方よりに。そして思い切り──爪を立てて、指を食い込ませる。


「ガアアアアアアアアアァァァァァ……!」


 時々、指が皮を突き破って、内側の肉に食い込む。


 ──痛い、痛い、痛いよお。


 心の中で子どもがえりしたように、そう言い続ける小さな自分の声を拓人は徹底的に無視する。そして──。


「掴んだ……ぞ!」


 拓人は首と、巻きついた何かの間に指を入れた。首の肉をえぐりながらも。


「うおおおおおおおおおおおおおッッッッッッ!」


 そして力任せに、鮮血を飛び散らせながらその何かを引きちぎった。襲撃者の正体を確認するため、拓人はすぐさま後ろを向く。


 そこには──拓人が先ほど脱いだばかりのゴシックロリータ調の……あの服がボロボロになった袖をはためかせながら宙に浮いていた。

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