第84話 ただ純粋な願いとして
「「本ッ当に……ッ」」
正座した二人の男は自らの頭を振りかぶるかのように高く上げる。
「「申し訳……ございませんでしたァァァァァ!」」
そして、割れるんじゃないかという勢いで床に叩きつけた。二人の名はヌスットとゴートー。独断専行で拓人たちを攻撃してきた張本人たちだった。
土下座する彼らの前で、カムダールもまた膝をついて深々と頭を下げる。こちらはゆっくりながらも美しい所作で謝罪の意を表していた。
「い、いえ、ワシらも急に押しかけてしまったので……」
魔力が切れたライデンを外で休ませているあいだ、拓人たちはカムダールの家に招かれていた。木を組み合わせて作ったような自然味溢れる家屋だ。
この世界に来てから木造建築にトラウマを植え付けられている拓人は一瞬ビクリとしたが、ここにウッデン・グレイトホテリアはいないし、彼女はすでに正気に戻っている……そのことを思い出すと、しだいに心は落ち着いた。
「いえ、先にちょっかい出したのはウチらのほうです。厚かましいお願いかもしれませんが、どうかヌスットとゴートーのことは許してください。代わりにウチのこと好きにしてくださって構いませんので」
凛、と透き通るようなカムダールの声が響く。面を上げて拓人を見返す表情は誠意と力強さに溢れている。
──また、違う。
拓人は漠然と思った。震えている彼女も、今の真剣な表情の彼女も聞いていたイメージと全然結びつかない。
「そ、そのようなことは……」
「よいではないですか、タクトどの。ご本人さんがこうおっしゃっているのです。お言葉に甘えてはいかがでしょうか?」
拓人の隣に座っていたアンがいつになく口を尖らせながら言った。
「お、おいアン……」
「だって、このかたはタクトどのを殺そうとしたのですよ? ましてやギフトどのと違って実際に傷まで作っています」
確かにアンの言う通りではあった。拓人たちを制圧しながらも、すぐには殺そうとしなかったギフトとは違う。残虐でありながらも、殺そうとはしてこないアイスキャロルとも違う。カムダールは出会ったばかりの拓人の首を本気ではねようとした。
「確か、タクトどのの世界ではハラキリという文化がありましたね。
「アン」
「ふえっ」
拓人はアンの頭を撫で始めた。それは彼女のいきすぎた言動を
「……ワシのために、怒ってくれてありがとう」
という感謝の気持ちがこもっていた。
「えへへ……ではなくて! タクトどのは、もっと怒るべきです!」
「ははは、すまんすまん」
「笑いごとではありませんッ」
「よさないか、アン」
拓人とアンの背後からエレンが耳打ちする。
「当方たちの目的は、カムダール氏と良好な関係を築くことだ。わざわざ溝を深めるようなことを言うのはやめたまえ」
「ぬぬぬ……わかりました、もういいです」
頭も撫でてくださいましたし……とアンは引き下がった。
「カムダールさん。ワシたちはあなたにご教授いただきたいことがいくつかあり、参りました。」
今度は拓人がハッキリと声を出し、頭を下げる。
「しかし、それはあなたへの罰としてではなく、ワシらの……ただ純粋な願いとして聞き届けていただきたいのです」
拓人は顔を上げ、カムダールのグリーンの瞳を見つめ返す。彼としても、できるだけの誠意を込めて。
「お聞かせ願えますでしょうか」
そう言ったカムダールの表情は相変わらず真剣なままだった。
カムダールは拓人たちの話を終始真顔で聞いていた様子だった。後ろにいるヌスットとゴートーは驚いたり、
転生のこと、ギフトとのこと、アイスキャロルに襲われたこと……そして何より魔力の制御、観測の仕方を教えてもらいたいこと、そのためにしばらくドノカ村に住まわせて欲しい……その旨を伝えた時でさえ、彼女の顔色は全く変わらなかった。
なぜか圧迫面接を受けているような錯覚に陥り、前世のトラウマを掘り起こしかけた拓人は途中しどろもどろになっていた。しかし、彼が全て伝え終わるとカムダールは、
「承知いたしました」
と、再び頭を下げたので拓人は、ほっと胸をなでおろした。
だが、カムダールは不意をつくように顔を上げる。
「そのかわり差し出がましいようですが、こちらのお願いを一つ……聞き届けていただいてもよろしいでしょうか?」
「あなた、いい加減に……むぐっ!」
激昂しかけたアンの口を、背後のエレンが素早く塞いだ。
「ど、どういった内容でしょうか」
エレンが止めてくれている間に、拓人はすかさず話を進めるよう促す。だが、そのお願いの内容は、アンの頭が爆発しかねないぐらい突拍子もないものだった。
「う、ウチと……」
カムダールは今までの凛々しさが嘘であるかのように、もじもじしながら頬を染めつつ言った。
「──
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