第83話 遭遇

 ドノカ村に到着した拓人たちは、住民のヌスットとゴートーから攻撃を受ける。二人の攻撃をなんとか凌ぎ切った拓人たちだったが、休む間も無く一件の家屋から一人の人物が現れた。


「カムダール・スロウスロウス……当方たちが探している彼女、その人だ」


 【当方見聞録プライベート・ファイリング】を片手に、エレンが呟いた。


 ──あれが、カムダール・スロウスロウス?


 初対面ながら、拓人はすでに違和感を覚えていた。


 『ハチャメチャに強い』、『のほほんとしている』というのは確かルナとビットの評だ。だが今拓人の目に映る彼女の印象はそれとは程遠い。


 『ひどくか弱そう』で、『神経が張り詰めている』ように見える。見れば見るほど哀れみを抱いてしまうほど、ぶるぶる震えていて──。


「──え?」


 拓人は一瞬、わけがわからなくなった。今まで彼女……カムダール・スロウスロウスから全く目を離していなかったのに、その姿がいつのまにか消えてしまっていたからだ。彼女が先ほどまでくるまっていた布団がふわりと地面に落ち、それだけが先ほどまで彼女がそこにいたことを示していて──。


「……⁉︎」


 ひやり。首筋に何か冷たいものが当たっているのを感じて、拓人はますます混乱した。


 刀が、日本刀を思わせるような鋭く、研がれた刀が彼の首にあてがわれている。拓人のあごと、彼に抱きかかえられたレジーの頭上というわずかな隙間を縫って、ただ首を跳ね飛ばすためだけに。


 そして──その刀を握っているのは、先ほどまで震えていたはずの、カムダール。


な、何ですってヒッ、ヒヒヒン⁉︎」


 今現在、カムダールに足蹴にされているはずのライデンさえ、全く反応できなかった。一体どれほどの速度で動けば、このようなことが起こりうるというのか。


 アンもエレンも、とっさことで反応できなかった。


 これには、流石の拓人も一瞬無意識に覚悟を決めて反射的に目を閉じる。だが……。


「……ッ⁉︎」


 小さく、鋭い痛みが連続する。そのおかげで、まだ自分が生きるているとわかり、拓人はゆっくり目を開けた。


 刀が、それを握るカムダールの身体が、小刻みに震えている。顔をうつむかせて、汗と涙をとめどなく流しながら。


「……む、むり……やっぱ、ウチには……」


 震える刀は拓人の白い首筋に幾度となく薄く、細い傷を作り続ける。しかし、命を奪うまでには到底至らない。だからと言って、わざと傷つけて楽しんでいる風でもない。


 呆然として拓人はカムダールの様子を見つめる。彼女は顔を上げ、拓人を睨みつける。なぜか、追い詰めているはずの彼女のほうが涙ぐんでいた。だが、そんな表情をするのもつかの間……。


「…………………………………………………………………………………………………………え、誰?」


 今度は困惑の色が彼女の表情に現れる。


「え、え?」


 動揺を表すかのように、彼女のグリーンの瞳が泳ぎ始める。チャンスはここしかない、拓人は生き物としての本能でそれを悟った。


「ギフト……」


「え? ギフト? なんで、ギフト?」


 うめくように呟く拓人の言葉に、カムダールはますます混乱しながらも食いついた。


「彼の友人です……ワシらは……」


 友人という表現は、言った拓人自身厚かましいと思ったが状況が状況だ。多少正確でなくともいい。それとなく、いち早く関係性をわかってもらうことが重要だった。


「手紙も預かっています……ご、ご覧になられますか?」


「み、見せて」


 拓人はスカートのポケットからギフトの手紙を取り出し、震える指でカムダールに差し出した。彼女は、いったん刀を下ろし手紙を受け取る。


「こ、このミミズがゲロ吐いて、のたうち回ったような字は確かに……」


 ひどい言いようじゃな、と拓人は思う。確かそんなふうな字だったが。


「なんだ……なんだぁ」


 カムダールは少し安心したように呟いてから、その手紙を宙に投げ──刀で真っ二つにした。


「⁉︎……あ、あの」


「……アイツ、アイツ、ウチのことビビらせやがって……」


 先ほどまでカムダールが涙ぐんでいたことは拓人もよく知っていたことだったが、今の彼女はもう決壊寸前だった。


「……う、う、うわぁあああぁぁぁぁん!! こわかったよおおぉぉぉぉ!」


 緊張から解放された彼女は、ポロリと刀を地面に落とす。上に乗られているライデンは、その拍子に自分の体に傷が付くんじゃないかと、一瞬ヒヤリとしたが運良くそうはならなかった。


「え……う……」


 拓人もまた死の恐怖から解放され、今さらになって涙がこみ上げてくる。


「うっ、うおおおおおおおおッ! 死ぬかとッ! 死ぬかとおもったッ! ギフトうそついた! だいじょうぶっていったのに!」


 拓人もまた大声で泣きだした。ちなみにギフトが言った『大丈夫』は、手紙の内容を確認してもらえれば大丈夫、という意味で嘘を吐いたわけではない。彼に落ち度があったことはこの状況を見るに明らかであるが。


「「うわああぁぁぁぁああああん!! ギフトのばかやろォォォォおおおお!!!」」


 夜も深まろうとしている村で泣き叫ぶ二人。その上、エレンと眠ったレジーを乗せたライデンは、こう思った。


 ──そろそろ降りて欲しい。




 


「なぁ、ルナ。今オレ様のこと馬鹿野郎っつった?」


「言っていません。馬鹿野郎」

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