第82話 アローヘッド・テイルウィンドとワンダリング・パイロット④

「……発射!」


 ゴートーの掛け声に応じ、ライデンの足に向けて『機長』の乗った第三射、拓人に頭を狙った第四射が放たれる。


 『機長』と視覚を共有できるゴートーには、すでに確信があった。第三射のコントロールは安定した、これは当たる……と。


「よし、飛び移れ!」


「オヘ!」


 『機長』はゴートーの掛け声に合わせて第四射に素早く移動する。


「旋回しろ! 次は側頭部を狙う!」


 今まで直線的に飛んでいた第四射の軌道が大きくカーブし、矢じりが拓人の右側頭部を向く。通常、物理的にはありえない動きだが今の第四射は『機長』にとっての『機体』。彼の思うがままだ。


「よし、このまま……」


 そこで、ゴートーは気づく。


 ──おい、あの髭面のオヤジはどこ行った?


 馬と、その上に乗った四人の幼女……先ほどまでその側にいたはずのゴツい髭面の男がいない。


「消えた!」


 隣で弓矢を構えながら、目標を監視し続けているヌスットが叫ぶ。どうやら男がいなくなったのは、つい今しがたの話らしい。


「心を乱すな! 矢に追い風吹かすことだけ考え……」


「ヒヒィィィィン!」


 ゴートーの喝が弟に届く間も無く、馬のいななきが響く。


 見ると、馬に乗っていた四人の幼女が第四射とは反対方向の左側の地面へと転がるように馬から降りる。落ちた先には先ほど『機長』を襲った泡のようなものがあり、それにポヨンと優しく弾かれ、彼女たちは衝撃を和らげたようだ。


 ──おそれをなして逃げた……? いや、それにしちゃ動きがまとまっている……もともと予定されていた行動……?


 ゴートーの頭脳に一瞬疑問が浮かび、それをすぐに振り払う。


 ──どっちにしろ、逃げようが無駄だ。


 先ほどまで拓人が乗っていた位置、そこまで来ると第四射は泡に弾かれ転がっている拓人に向けて、改めて狙いをつける。第三射のほうも、すぐに馬の脚に着弾するはずだ。


 ──多少の進路変更がなんだってんだ。『機体』があれば、目的地を目指し続ける! それが『機長』の生き様……⁉︎


 ──何かが爆発したような音が響く。『機長』ごしに状況を見ていたゴートー、遠目から様子を観察していたヌスットは思わずあっけに取られた。


 なぜなら──激しい雷が馬めがけて落ちたからだ。


 馬の脚に当たらんとしていた第三射も、馬の背の上で方向転換の最中だった第四射も、雷撃を受けて灰になった。ただ残された無傷の『機長』だけが、何が起こったかわからないという風に、オヘェ? と一声鳴いた。


矢に乗って操ってる精霊に攻撃が効かないヒンヒヒンヒヒンヒンヒンって話だったけどヒヒヒヒン──」


 問題ないわ、と鳴いたライデンの馬の体ほんたいは、ヌスット、ゴートーの目には笑っているように見えた。


「──乗り物ごとぶっ壊せばねヒヒヒヒヒンヒヒン






さあヒン乗りなさいヒヒヒン


 そんな、鳴き声を合図にまずジャンプ力のあるアンがライデンの背に飛び乗る。


「……うッ!」


大丈夫ヒンアンちゃんヒヒン?」


 心配そうにライデンは、自身の背に乗ったアンをチラリと見やる。アンはすぐに彼女の意図をみ取って返事した。


「は、はい……ちょっとピリッとしただけですから……では、タクトどの」


「う、うむ」


 拓人はアンの手を取り、引き上げられ彼女の前に座る。


「ひゃうッ!」


「タクトどの!?」


「だ、大丈夫……多少身構えとったけど、我慢できるレベルじゃ」


 続けてレジーが拓人の前に、


「……んっ」


 最後にエレンが先頭に、


「……! なる……ほど」


 乗ったのを確認し、ライデンは「準備はいいかしら?」とでも言いたげにヒヒンと軽く鳴く。


 魔力が尽きかけていたライデンは、アンガーの肉体を維持するために使っていた分の魔力と電力を自分の馬の体ほんたいに取り込んだ。拓人たちとの戦いで見せたような超加速を行うために。


「確か……『(本体)は電力を消費することで超加速を得る』……じゃったか?」


たてがみでもヒヒン皮でもヒヒヒン肉でも構わないわヒヒヒヒン

しっかり掴んでヒヒン振り落とされないでねヒヒンッ!」


「急げ!次の矢を……」


イヤヒヒッッッホウヒンッッッ!」


 ──馬の影が、頭上を通り過ぎていく。


 ゴートーがヌスットに言い終わらないうちに、拓人たちを乗せたライデンは信じられない速度で柵の前まで迫り、それを飛び越え、大胆不敵にドノカ村敷地内に侵入した。


「あれが……狙撃手!」


「ふむ、二人か……」


 アンとエレンの瞳が二人の男の姿を捉える。二人ともこの自然の多い村で暮らすには不必要だと思える高価そうなスーツを着ていた。一方が眼鏡をかけ、髪をオールバックにし、もう一方は毛先を遊ばせた髪型でまだ若い。未成年かもしれなかった。そして……手には弓矢。


あたしは今のでほとんど魔力を使い切ったヒヒヒンヒヒンッ! ぶっ飛ばすのはアンタたちに任せるわヒヒヒヒンヒヒーンッ!」


「なるべく、痛くしないように……」


 そう呟きながら、素早くライデンから降りたアンは素手でヌスットめがけて走り出す。


「──撃てェッ! ヌスット! この距離ならテメェは『機長』ナシでもやれるッ!」


 口調こそ慌てていたが、ゴートーの指示は的確だった。ヌスットは弓を構え直し──まだライデンの背に乗っている拓人のほうに向けて矢を放つ。


 ──向かってくる私を無視して、タクトどのを⁉︎


「……ッ!【凄烈、曲がらずの心グッド・バイ・ラン】ッ!」


 不意を突かれたが、それでもアンの反射神経は彼女の側方を通過しながら斜めに上がる矢を捉える。ライデンとの戦いのようにバットを振りかぶるのでは間に合わない。矢の真下から、かち上げるように振り上げる。


「【一星風尾おいかぜ】ッ!」


「なッ……!」


 しかし、矢はバットと接触する直前で不自然にスピードを上げる。下方から矢の芯を捉えたはずだったが、結果としては矢がアンの隣を通り過ぎようとするギリギリのところで少しかすっただけだった。


 ──しかし、これで軌道は大きく逸れました!


 アンがそう考える通り【凄烈、曲がらずの心】と触れ合った矢は、くるくると回転しながら拓人の頭よりもずっと斜め上に打ち上げられる。高く、遠く、飛ばすという武器の性質がわずかな接触にも現れていた。だが──。


「乗り込めーェェェーッ! 『機長』オオオォッッッ!」


「オヘッ!」


 自前の羽根を使ってゴートーの精霊……『機長』が全速力で戻ってくる。空中を回転している矢を彼は抱きつくようにして捕まえた。彼の制御下に入った矢は回転を少しずつゆっくりと落ちつかせていく。


「このまま金髪のガキを──!」


「……さっきライデンちゃんに教えてもらった。精霊には効かなくても、乗り物自体に攻撃するぶんには問題ないって」


 ゆっくりと態勢を整えていく『機長』と矢の真下で──。


「オヘ?」


破裂クラッシュッ!」


 シャボン玉が──弾けた。


「オヘエエエェェェェェェェェェ……」


 レジーは額に手を当てながら、高く飛んでいく『機長』と矢をライデンの背に乗ったまま見上げる。


「こーいう時、たーまやー……って言うんだっけ?」


 口をポカンと開けながら同じものを見ていたヌスットとゴートーは、アンから──あくまでも彼女の中の基準でだが──『軽い』ビンタを食らわされ、たちまち気絶した。


「今の一発で、完全に魔力切れ……ねっ、牽制に使わないで温存しといてよかったでしょ?」


「ずいぶんとおいしいところ持って行きましたね……助かりましたけど」


 ウインクしながら笑いかけるレジーに、アンは少し口を尖らせながら感謝した。


「本当に……疲れ……」


「うおっと」


 くらり、と落馬しそうになったレジーの体を拓人は素早く支えた。


「大丈夫か!」


「大丈夫じゃないかも……うそ、うそだよ、泣きそうな顔しないで。しばらく休めば、たぶん良くなる」


「苦労をかけて、すまん」


 拓人はいつも無力感に襲われる。それは、自分が精霊である彼女らに魔力を分け与えている、という事実を知ってからも変わらない。エレンに励まされた後でも、こうして事態を目の当たりにするとどうしてもぬぐいきれない。早く、自分自身が強くならなければ、せめて彼女たちと肩を並べて戦えるように……もっと、もっともっともっと……。


「あのさ」


 レジーの声で、自己嫌悪に陥っていた拓人は再び意識を彼女に向ける。


「すまん、とかじゃなくてもっと別のちょうだい。ほら、アンが頑張ってた時にも言ってたよね? ボクにも……さ、そーゆーのがあってもいいのではないでしょーか?」


 少しばかり頬を染めながら言うレジーに拓人は、ハッとさせられる。そうだ、まずは目の前の相手に感謝だ。


「ああ、ありがとう、レジー」


「うん……うん。まんぞく」


 ひと仕事終えたような達成感とともに、彼女は緊張をほぐすように大きく息を吐き出す。


「ボクも頑張った。ちゃんと、頑張れた。今回は、これから……は……」


 そんなことを呟いて目を閉じる。


「お、おい、レジー? ま、まさかこれが休眠状態……」


「ただ疲れて眠っただけだ。案ずることはない」


 心配そうにレジーの顔を覗き込む拓人に、後ろから様子を見守っていたエレンが声をかけた。


「そ、そうか……それなら一安心……」


「ヌスット! ゴートー!」


 拓人がホッと安堵するのもつかの間──村の一件の家屋から一人の人物が転がるように出てきた。物音に気づいた拓人とエレンは素早くそちらを向く。


 顔色はひどく青白く、表情から狼狽ろうばいしている様子がうかがえる。中性的な顔立ちで、首から下は毛布のようなものでくるまっている。髪色は緑だが、レジーのそれよりも少しばかり深い。


「エレン!」


「ああ……彼女は」


 エレンが即座に開いた【当方見聞録プライベート・ファイリング】には──相変わらず虫喰いになっている箇所も多かったが、幸運にも彼女の名前は──はっきり記されていた。


「カムダール・スロウスロウス……当方たちが探している彼女、その人だ」

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