第81話 アローヘッド・テイルウィンドとワンダリング・パイロット③

「兄ちゃん、あいつらまた馬に乗ったぜ」


 ドノカ村の柵の上で弓矢を構えるヌスットは、兄……ゴートーに告げる。兄と視覚を共有している『機長』が帰投している今は、彼自身が遠目に拓人たちの様子を確認するしかない。


「だけど、動く気配はない。それでもまた馬の脚を狙うか?」


「もちろんだ。ただ利用されているだけの動物を傷つけれるのは心苦しいが、確実な手段を取りたい。さっきと同じように馬の脚に向けて第三射を放った直後に金髪のガキに向けて第四射を発射。第三射のコントロールが安定次第、ただちに第四射に『機長』を乗り移らせる」


「了解」


「『機長』も準備はいいか?」


 ゴートーの問いかけに『機長』はオヘ! と敬礼する。そして、蝶のような自前の羽根を使ってヌスットが引き絞っている矢の上にまたがった。


「……発射!」


 ゴートーの掛け声に合わせてライデンに向けた第三射が、そして続けざまに拓人に向けた第四射が放たれた──。






「真っ正面から──カチコミに行くのよ」


 先述のようなヌスットとゴートーのやりとりが交わされる少し前、ライデンはアンガーの肉体の口角を上げながら言った。


「なんでそうなる⁉︎」


 拓人は思わず突っ込む。先ほどまで彼らは、ドノカ村の住民から攻撃されている状況をどう穏便に解決するかということを話し合っていた。ライデンもその会話を聞いていた……というか、話し合いに参加していたはずだが……。


「タクトちゃん、どうしてあたしたちが攻撃されているかわかる?」


「うーむ、それはやはりワシらから魔力が漏れ出ているからか?」


「当たり。正直言うと、アンタたちと戦う前のあたしも結構怖かったんだから。アイスキャロルから『本体はザコ』って話を聞いてなかったら、戦わずに逃げ帰ってたかもしれない」


「そうか、ライデンちゃんほどの者でも……え?」


 拓人は何か聞き捨てならない言葉を言われた気がしたが、ライデンはそのまま続ける。


「そんなあたしだから、攻撃してるヤツらの気持ちがわかるわ。ただ純粋に、怯えてるのよ」


「なるほど……」


 はじめて訪れた場所がボンヘイ国だったので感覚が麻痺している拓人たちだったが『魔力が漏れ出ている相手に対しては警戒する』……それがこの世界では普通のことなのだ。たとえ相手が幼女にしか見えなくても。


「だからこそ──カチコミよ!」


「話繋がっとるか、ソレ⁉︎」


 その言葉を聞いたライデンは、


「繋がっているさ……だったかしら?」


 と、したり顔で言う。その言葉で拓人は気づいた。これは、ライデンに向けてアンガーの話をした時のお返しなのだと。


「……か、からかっとるのか?」


「ううん、何となく似てるな、って思っただけ」


 そう微笑むと、いったん咳払いして話を戻す。


「今大事なのは、誤解を解くことよ。アンタたち別に侵略しに来たわけじゃないんでしょ? それなら危害を加えるつもりがないって、わかってもらわなきゃ」


「でも、正面から殴り込みにいったら、もっと怯えられない?」


 言いたいことをレジーが代弁してくれたので、拓人はぶんぶん首を縦に振った。


「一時的にはそうかもね。でも、今のままだと対話を拒否してる相手にただやられるだけ。それなら、一度完膚なきまでにぶっ倒して『相手のことをどうにでもできる状況であっても、どうにもしない』ヤツらだってことをわかってもらうほうが誤解が解けると思うの」


「つまり、いったん狙撃手を倒し、その後の対応で生殺与奪について興味がないことをわかっていただく……ということですか?」


 アンの要約に、ライデンはアンガーの髭面で深く頷く。


「ま、そういうことね。先に仕掛けてきたのはあっちだし、過剰な反撃しなければ『大丈夫』でしょ」


「その『大丈夫』は本当に大丈夫なんじゃろか……? 戦争とか始まらん?」


「ライデンちゃんの考えは少し危ういものがあるが……今回に限っては当方も賛同しよう」


 黙って拓人とライデンのやり取りを聞いていたエレンが小さく手を挙げた。


「その心は?」


「この攻撃が一部の住民の独断専行だと考えられるからだ。仮に、ドノカ村の住民全員が当方たちを襲っているとしよう。だが、そう考えると妙だ。先ほどタクトの頭に向けて矢が放たれたように、脅しにしては急所を狙ってきている。かといって本気で殺しにかかっているにしては、手数が少ない。弓矢の能力者が次弾を装填するまでの間に、別の住民が何かしらの攻撃を仕掛けてくるとは思わないかね?」


「言われてみればそうじゃな……」


「攻撃が当方の推理通り、村全体の意思によるものではないなら多少は話し合いの余地が残されるかもしれない。だが、そもそもこの状況をどうするか、だ。アンとレジー、そしてライデンちゃん……貴君は先ほどの戦いですでに魔力を大幅に消耗しているようだが……」


 それは、魔力の観測技術を持たない拓人にもわかっていた。昼間に全力で戦ったアンとライデン。二人のダメージを最大限癒したレジー。村に来るまでの道中で魔力は少し回復したようだが、それを踏まえても、さして余力が残っているようには見えない。


「先ほどの自信たっぷりな口ぶりから推理するに、何か秘策があるのだろう?」


「もちろん。秘策と言えるほど大したものじゃないと思うけど。……でも先に謝っておくわ」


 ライデンはアンガーの顔で、困ったように笑う。


「ちょっとピリッとするかもだけど、許してね?」

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