第85話 ドノカ村、はじめての夜①

 アンの頭は爆発した。


 もちろん言葉のあやだ。カムダールの言葉による急激なストレスと、昼間の戦闘の疲れがあったためだろう。『同衾どうきん』というワードを聞いた瞬間、彼女は気を失った。


「まあ、ただ気絶しているだけだ。脳の血管が切れたわけでもない」


  【当方見聞録プライベート・ファイリング】を開いたエレンがそう述べたので、拓人はホッと胸をなでおろした。彼女が急に倒れた時は、気が気ではなかった。


「さて、カムダール氏。ついでに貴君の状態も確認させてもらおう。当方の推理通りなら、もう敵意は無いだろうが……裏取りも無しに我らがあるじを貸し出すわけにもいくまい」


「どうぞお好きになさってください」


 ちょっと強引ではないか、と拓人は思ったが、カムダールは割りかしあっさり了承した。


「のう、エレン。さっきは聞き流しとったけど、その『我らがあるじ』っていうの結構恥ずかしいんじゃが……」


「当方たちの代表者、ぐらいの意味だ。これぐらいは勘弁してくれ」


 拓人と言葉を交わしながらも彼女の目と【当方見聞録】は動き続ける。持ち前の速読能力と推理力ゆえか確認には数秒とかからなかったらしく、彼女はすぐに光る本を閉じた。


「名探偵が太鼓判を押しておく。カムダール氏にもう敵意はない」


 そう結論づけて、エレンはおもむろに立ち上がる。


「では、ヌスットくん、ゴートーくん。当方たちは貴君らの家屋に泊まらせてもらおうか。アンでもレジーでも良い、一人ずつ小脇にでも抱えてくれ」


 そして、さも当然と言った様子で未だにカムダールの後ろでかしこまっている二人に話しかける。


「なっ……」


 思わず声を上げたゴートーが、ちゃんとした言葉を差し挟む間も無く、エレンは続けた。


「まさかカムダール氏と同棲どうせいしているわけもないだろう」


「ななな、何言って!」


「〜〜!」


 ゴートーは動揺し、ヌスットは上げかけた悲鳴を押し殺しながら顔を赤くする。


「単純な推理さ。この家にあるベットは一人用が一つだけだ。当方たちならまだしも、貴君らどちらかのうち一人でも一緒に寝ることは難しい。自ら前に出て貴君らのことをかばうカムダール氏のことだ。貴君らだけを床に寝かせているわけはあるまい。ならば、同居しているとしたら貴君ら二人のほうだ。先ほどの戦闘のコンビネーションからして、よほど親しい関係であることがうかがえる。よく見れば目鼻立ちが似ているから、兄弟かな?」


 ──いや、多分推理がどうとかいう話ではないと思うぞ……。


 と拓人は思ったが、二人はエレンの見解を聴くと感心したように頷いた。


「アンタ……一体?」


「名探偵、エレガンス・ホーティネス。もし、貴君らの自宅に招待いただけるのであれば……この程度の推理、いくらでもお聞かせしよう」


 そう言ってニッ、と笑う。


 ヌスットとゴートーの二人は了承の代わりとして、アンとレジーを一人ずつ小脇に抱える。ボンヘイ国での光景が思い出され、二人はこういう星のもとに生まれてきたんじゃな、と拓人は人知れず切ない気持ちになった。


「では、あとは若い者どうしゆっくりするといい」


「お前さんも、だいぶ若いじゃろが! むしろワシのほうが若くないわ!」


 拓人にそんな虚しいツッコミをさせてから、エレンたちはカムダールの家をそろって出た。


「……」


「……」


 あとには、拓人とカムダールの二人だけが残される。


「あ……あの……」


 妙な沈黙を破ろうとした拓人に「いかがされましたか」とカムダールはすぐさま応じた。


「ほ、ほんとにいっしょの布団……で……?」


 今度は拓人のほうが、もじもじしてしまっていた。自分で言っていて思わず顔が熱くなる。


「はい。ですが、変なことは……しませんので」


 そう返したカムダールの顔も赤くなり、じんわり汗をにじませている。相手の恥じらう様子を見て、こちらもより恥ずかしくなる。その様子を見てさらに相手が……という羞恥のスパイラルが形成されつつあった。


 このままではいかん、と状況を打開しようとした拓人は……。


「さっそく行きましょうか」


 と言った。


「……」


「……」


 ──え、ワシ今何言ったん?


「あ、ああ……」


 テンパるあまり、失敗した。言葉選びを、盛大に。


「あああああああああああああッッッッッッッッ!!!!」


 拓人は思わず叫び出した。もしかすれば、今のは自分でも気づいていなかったとんでもないスケベ心の表れだったのかもしれない。そう思うと、消えてしまいたくなった。


 ──ワシは、何と愚かな……。


「……ふぇ?」


 何かが頭に触れたのを感じ取って、反射的にうつむいてしまった顔を上げる。見ると、カムダールが今までとは違う優しい表情で拓人の頭を撫でていた。


「……だいじょうぶ、だいじょうぶ〜〜」


 声色までもが変わっている。優しく、穏やかな響きは、小川のせせらぎのように拓人の心を落ち着かせてくれる。


「……ハッ! すみません、ついつい素のウチが出てしまい……申し訳ありません」


「カムダールさん」


 拓人は、カムダールの顔が先ほどの真面目な顔に戻る前に、すかさず本当の彼女を呼び止めた。


「は、はい!」


「ワシは、あなたの自然な姿を知りたい。あまりかしこまられると、ワシも緊張してしまうというか……」


 彼女は今、ヌスットとゴートーのことで負い目を感じてしまっている。それを取り除かなければ、本当の意味で良好な関係は築けない気がした。


「そうですか……」


 カムダールは少し考え込むように、あごに手を当てる。


「……失礼な態度を、取ってしまうかもしれませんよ?」


「構いません」


「のんびり屋ですけど〜……」


「構いません」


「喋り方もゆっくりですけど〜〜……」


「構いません! ワシたちは、そのままのあなたとお付き合いしたい!」


「……!」


 勢い余って妙な言い回しになったが、それでも拓人は言い切った。


「わかり……ました。でも、すみません、ちょっと待ってください……」


「?」


「え、と、その、ドキ……ドキしすぎて、ちょっと落ち着くまでに時間がかかる、ってゆーか……」


「実は……ワシも……」


 よくわからないテンションになりながら、二人揃って深呼吸する。しだいに、互いの息が合わさっていくのを感じながら両者の鼓動は、しだいに落ち着いていく。


「とりあえず……行きましょうか〜〜……」


 そんなカムダールの声と導きに応じて、拓人はベッドへと向かった。

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