第78話 その人物

七服臣セブン・ミニスターズって言うのはね。アイスキャロルが特に大事にしてる七人の臣下のことよ。戦力的な意味でね」


 ライデンはそう真剣な調子で言った後、わざと茶化すような口調で、


「あたしが抜けたからもう六人シックスだけど。ぷぷっ、シックス・ミニスターズってセブンの時よりも微妙に語呂悪くてダサくなぁい? ザマァみろって感じよね」


 と、かつての上司を嘲笑あざわらった。


「ライデンちゃん、晴れ晴れした表情ですね……」


「それほど労働環境が酷かったんじゃろうな」


 ワシも前世で働いとった時は……と開きかけた自身の記憶に拓人はすかさず蓋をした。


「貴君以外のメンバー構成は? どんな魔術を使う者がいる?」


「ほとんど知らない。これはホントよ。アイスキャロルが臣下同士でお互いを詮索せんさくしあうのを禁止してたから。それに、だいたいの仕事もあたし一人で事足りたしね。最後に誰と一緒に仕事したかなんて覚えてない」


「詮索を禁止……? 洗脳したその上で、反乱が起こるのを恐れているのか……? それほど用心深い人物には見えなかったが」


「あっ、そうか。もしかしたらアイツ七服臣の一人かも」


 ライデンは思い出したように、ポンと手を打った。


「アイスキャロルと妙に親しげに話してるヤツがいるのよ。肩に鳥乗せて、長い帽子被って、片方だけ眼鏡かけてるキモいやつ。もしかしたらソイツが入れ知恵してるのかも」


「……それってどこがキモいの? ファッションは人それぞれじゃない?」


 レジーが素朴な疑問を唱えた。拓人もライデンの言葉からその姿を想像してみる。


 彼女のいう『長い帽子』がシルクハットなのだと仮定したら、ちょっとやり過ぎ感はあるものの、どちらかと言えば紳士的な出で立ちだろうと思う。


「言い方が悪かったわね。キモいのはファッションじゃなくて、その在りようよ。まず魔力がキモい。必死に抑えようとしてるけど漏れてるのよ。うぞうぞしてて、蟲みたい」


 アンガーの肉体はリアクション過剰気味に自分を抱いて、小刻みに震えた。


「言葉遣いも似合ってない。相手のことなんてちっとも尊敬してないくせに、口調だけはへりくだってる。たぶんインギンブレイって言葉は、ああいうやつのためにあるんだわ」


 そして、とアンガーの眼はウンザリしたような色を見せた。


「いっっっちばんサイテーなのは視線。自分以外の全部を完全に見下してる。それだけならまだいいけど、それに加えてアイツの瞳の中には


「好意? 嫌悪ではなく?」


「間違いなく、好意よ。それもとびきりネットリしたやつ。だからあたしは、アイツの視界に入りたくないし、アイツのことを自分の視界に入れたくもないのよ」


 拓人は反射的に思った。その人物は自分に似ていると。前世での友人を自分でも気づかないうちに見下していながら、ずっと好意を持ち続けて接していた自分に。


「ああ──確かにそれは気持ち悪いな」


 ライデンへの共感、というよりもほとんど自虐的な気持ちで拓人は言った。


「その人物が魔術を使う場面に出くわしたことは?」


 エレンが再び問う。


「昨日たまたま見たわ。アイスキャロルの傷に手をかざして治してた」


「他には?」


「どうだったかなー? アイツたぶん、あたしがアイスキャロルのとこに行く前からいたと思うんだけど、戦ってるの見たことないのよね」


「ふむ……その人物が七服臣の一人とまでは断定できないが、相当の秘蔵っ子らしいな。ただの回復要員だから前線にでないだけかもしれないが……その人物のこと、頭の片隅に置いておこう。情報提供、感謝する」


 ええ、どういたしまして、と答えながらもライデンはエレンのという言葉に違和感を覚える。


 ──確証が持てないし、無駄な混乱を引き起こすだけだから言わないけど──


 もう一度、頭に思い描く。その者の言葉では言い表せない薄気味悪さを。他の何者とも代え難い異様さを。


 ──たぶん人間じゃないわよ、アレ


「他にもいくつか尋ねたいことがあるのだが……」


「いいわよ。でも、それはあそこで腰を落ち着けてからにしましょ?」


 そう言ってアンガーが指差す先に、一同は目を凝らす。視線の先に小さな村のようなものが見える。あれがきっとドノカ村なのだろう。近くに他の村は無いため見間違うことはない、というのはギフトの談である。


 拓人たちは、ほっと胸をなでおろした。もう少し闇が深かったなら、見つけられなかったかもしれない。


「ほんっとうに疲れたわぁ。やっと休め……」


 アンガーの口でそこまで言ったところで、ライデンの馬の体ほんたいは左前脚に激痛を感じた。


「ッ! 今さらになって、またピキッてきたわ」


 ──でも、どうして一本だけ?


 そう思い、痛みを感じた箇所に目を移すと──矢が、その足に深々と刺さっていた。

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