第77話 セブン・ミニスターズ

「ねぇ〜、まだ着かないの〜?」


 レジーがそう不満を垂れたころ、草原は薄闇に包まれていた。ランニングシャツにホットパンツという服装の彼女にとって、夜の風は少しばかり肌寒い。


「なんか、こう、長いこと乗ってると……痛くなってくるんだけど……」


 拓人たちは現在、四人まとめてライデンという人語と魔術を解する馬の背に乗せてもらいながらドノカ村へと向かっていた。


 彼女は元々アイスキャロルの臣下であったが、拓人たちと戦ったのちに和解し、今はこうして力を貸してくれている。


「痛いって、どこが痛いんじゃ?」


 拓人の天然かつデリカシーゼロの発言に、レジーは顔を赤らめる。


「……あとで、ぶっ飛ばす」


「何で⁉︎」


「……一人だけ薄着してるからですよ、レジー」


 すぐ前にいる拓人にも聞こえないような小さな声でアンが呟いた。


「ねぇ〜、真っ暗になっちゃう〜。もっと速く疾走はしれー!」


 そんなことを言いながら、レジーはライデンの首をペシペシ叩く。


あだだっヒヒヒンせっかくゆっくり優しく運んでやってんのにヒッヒヒヒヒン

勝手なこと言ってんじゃないわよーヒヒヒヒーン!」


「……のう、アン。なんじゃか知らんが、またレジーのテンションがおかしくなってないかの?」


 レジーの性格の異変に関しては、拓人は一度目にしたことがある。【絶対支配人ホテル・ドミネイター 】に入ってすぐの時だ。あの時はむしろ穏やかでニコニコしていたが……。


「あるじどの、これもまたレジーの素です。疲れが溜まりすぎるとこんな風にだだっ子みたいに……まあ、真剣な場面になればいつもみたいに多少はシャキッとした状態に戻るので別にいいんですけど……」


よくないわよーヒヒヒヒーン!!」


「エレン〜。なんか面白い遊びない〜? ひま〜!」


 突然話を振られたエレンは「ふむ」と一瞬考えてから、


「──では暇つぶしに、アイスキャロルの対策会議でもしようか」


 真顔で言った。これにはレジー以外もげんなりした。確かに必要なことには違いないが『遊び』と言われて出てくるのがそれなのか、と。


「まあそう嫌な顔をするな。面白い証言はなしが聞けるかもしれないからね」


「面白い話〜?」


「そうだ……ライデンちゃん。不躾ぶしつけなお願いで申し訳ないのだが、貴君がアイスキャロルに従わされていた時の話を聞きたい」


「おい、エレン……」


 つい先ほどまで敵だった者の繊細な話題に早速突っ込むエレンを拓人はいさめようとした。


 その瞬間、一筋の雷がライデンと彼女に乗っている拓人たちのすぐ隣に落ちる。


「ひぃっ⁉︎」


「まぁ、いいわ。別にアイスキャロルに果たす義理なんて、もう無いし」


 突然のことに拓人は驚いたが、その雷の勢いとは裏腹にアンガーの肉体を借りたライデンの口調は、そう強いものでは無かった。


 ライデンの魔術【幻想皇帝イマジナリカイザー】は、呼び寄せた雷に含まれる魔力を利用し彼女の愛する皇帝、アンガー・サンダーボルトの姿と武装を再現する能力である。


 召喚された肉体は術者の意のままに動き、彼の口を借りてライデンは人語を発することができる。


「でも、そのかわりアンタたちの話も聞かせてよね。アイスキャロルがあそこまでブチギレてるのなんて、なかなか見れないんだもの。一体、何をやらかしたか気になるわ」


「ああ。だが、我々の事情はドノカ村に腰を落ち着けてから語るか、読んでもらうことにしよう。すまないが、敵の内情を先に知りたい。貴君のように奇襲の上手いやつが、いつ襲ってくるかもわからないからな」


 その皮肉とも褒め言葉とも取れる発言に拓人たちは──エレンの人となりを知っているので褒め言葉なのだとわかったが──その言い方はどうなんだ、と思った。


 しかし、相変わらずライデンは気にした様子もない。


「そう。で、何が聞きたいの?」


「そうだな、色々あるが……」


 エレンの頭の中で様々な選択肢が浮かび上がる。


『黒い石を破壊された他の人たちよりも記憶がはっきりしているようだが、それはなぜか』


『アイスキャロルとの握手はどんな風にしたのか』


『アイスキャロルのアジトはどこか?』──。


 どれもこれも知りたい事柄だ。だが、もっとも喫緊きっきんの課題は──。


「貴君が先ほど言っていた『セブン・ミニスターズとは一体何だ?』」


「あら、そんなこと言ったかしら?」


 ライデンはアンガーの体で口笛を吹こうとしたが、空気の音がシューシューいうだけで笛らしい音は鳴らなかった。


「魔力消費がもったいないが、とぼけるというなら【当方見聞録プライベート・ファイリング】で確認してもいい」


「わかったわよ。言った。言ったわ。今さらよね。どうせ、あたし裏切り者だし」


「ライデンちゃん……」


 あっけらかんとしている彼女の態度とは裏腹に、それを見つめるアンの瞳は悲しげだ。


「ありがと。アンちゃんがそういう顔してくれるだけで十分よ」


「アンちゃん?」


「そ。そっちだってライデンちゃん呼びなんだし、おあいこでしょ?」


「アンちゃん……アンちゃんか……」


 なぜか考え込むように呟くのはレジーだ。


「もしかして、レジーも私のこと『アンちゃん』って呼びたいんです?」


「いや、いい。なんだかんだ呼び捨てしてくれる距離感のほうが、ボクは好きだ」


「そこ。イチャついてないで貴重な証人の言葉を聞きたまえ」


「イチャついては……」


「……ないけど」


 エレンの発言でアンとレジーの小さな抗議が出たあとは、いったん静かになる。


 その数秒間だけは拓人たちを乗せたライデンのひずめの音と、それに並んで歩くアンガーの肉体の足音だけが静かな薄闇の草原に響いていた。


「──七服臣セブン・ミニスターズって言うのはね。アイスキャロルが特に大事にしてる七人の臣下のことよ。戦力的な意味でね」

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