第76話 アンタたちなら

「よし、大分調子が戻ってきたわね」


 ライデンは馬の体の背にアンガーの肉体を乗せながら周囲を歩き回った。


 休養に時間を要したので、もう平原は夕焼けに染まっていた。風が、オレンジがかった草を優しく撫でる。


「さあ、行くわよ」


 ライデンはアンガーの口で、しばらくリハビリの様子を見守っていた拓人たちに告げた。


「行くってどこへ……ま、まさかワシらをアイスキャロルのところに……!」


 怯え出す拓人に、ライデンは思わずため息をつく。


「だとしたらどんだけ恥知らずなのよ、あたし。それに『黒い石』は壊してもらったんだから、アイツの言うこと聞く必要はもうないわ」


「では、どこに……?」


 首を傾げながら問うアンに、わざとぶっきらぼうな調子で言った。


「──アンタたちの行きたいところ」


「え?」


「いや、何か色んなことどーでも良くなっちゃって。いや、やりたいことはあるけど、後回しでいっかぁ、て感じ」


「それはつまり……」


 意味を少しずつ理解しながら呟くタクトに対し、ライデンは『本体ウマの首』を向けた。


「鈍いわね。アンタたちなら……」


 だが、気恥ずかしくなったのか、そっぽ向いてから……


「──あたしの背中に乗せてやってもいいわ」


 そう言った。そして、アンガーの体が拓人たちに向かって手を伸ばす。


 拓人たちの脚の短さでは一人で馬にまたがることも難しいということを察してか、引き上げて乗せてくれるらしかった。


「じゃ、お言葉に甘えて」


 レジーが真っ先に、自らの手を預けた。それを軽く引き上げたアンガーの肉体は、自身のすぐ前にポンと彼女を乗せる。


「うはっ、結構高い……!」


「レジー! なに楽しそうに先頭に乗ってるんですか! あるじどのに譲りなさい!」


「いや、ワシはいいから……馬とか乗ったことないし、先頭とか落ちそうで怖いわ……」


「では、当方が二番目に。タクトが三番目で、最後にアンが、我らがあるじを落ちないようにサポートする……そんな感じでいいだろう」


 こうして順番が決まった。エレンを乗せる段階でアンガーの体はライデンの背から降り、順繰りに残った者を引き上げていった。


「あ……」


 拓人はライデンの背にまたがった時、なんとも言えない気持ちになった。


「? いかがされましたか、あるじどの?」


「いや、なんかこう、改めて喪失感が……」


「?」


 何のことかわからない、と言った表情のままアンが最後に乗せられる。


「体の小さいワシらでも、さすがに四人は無理じゃろと思ったが……意外と余裕あるのう」


「当たり前よ。あたしの定員はアンガー様1.5人分。アンタたちぐらいのサイズなら、これくらいわけないわ」


 ライデンの意見を代弁するアンガーの体は、また少しずつ光の粒に戻りつつあった。


「お前さん、それ……」


「アンタらのせいで、ちょっぴり疲れたから魔術を解除するだけよ。魔力が回復できたら、また今みたいに話せるから安心なさい。……ええと、今さらだけど、どこに行きたいの?」


「ドノカ村と言うとこじゃ。確か……あっちにある」


 この世界での東西南北をまだちゃんと把握していない拓人は、少し指をさまよわせながら沈みゆく太陽らしきものの反対方向を差す。


「わかったわ……でも、ボンヘイの近所なのに行ったことないのよね、あたし。そういう村があるってのは聞いたことあったけど。アイスキャロルのやつも臣下を近づかせないようにしてたような……」


 そんな、やや不穏な言を残してアンガーの肉体は消滅した。


「ありえんぐらい中途半端なところで消えたな……」


なんですってブルルッ?」


 拓人の独り言に、ライデンの本体が荒ぶるように自らの首を揺らす。


 ──しまった!


 そう、今までアンガーの肉体はライデンの意識を代弁し、代行していただけである。当たり前の話だが、それが消滅したからと言ってライデンそのものが居なくなったわけではない。


 つまるところ拓人は、本人の目の前ならぬ背の上で堂々と失言してしまったのだ。


「……あ、いや、これはその……」


まあいいわヒヒンちょっとぐらいの無礼は許してあげるヒヒヒンヒヒン


 馬の体だけになったライデンはため息を吐く代わりに、鼻息をゆっくり出した。


「──大切なことを思い出させてくれたヒヒヒヒヒヒヒン……アンタたちならねヒヒヒヒン


 ライデンは、なるべく揺れが小さくなるようにゆっくりと歩み出す。言葉こそ伝わらなかったが、その気遣いから、許してもらえたことをなんとなく拓人は察した。


「……これからよろしくの! ライデンちゃん!」


「私からもよろしくです。ライデンちゃん」


 拓人とアンが笑顔で、


「頼むよ、ライデンちゃん」


 レジーが首筋を優しくなでながら、


「いい旅をしよう、ライデンちゃん」


 エレンがパイプをふかし、夕焼けの空に煙を吐き出してからそれぞれ言った。


だからライデンちゃんはやめなさいってーヒヒヒンヒヒヒヒーン!」


 ──ライデン『ちゃん』が、仲間になった!






「──ああ、一応当方たちの名誉のために言っておくが、彼女は別にライデンちゃんという呼称を嫌がっているわけではない。【当方見聞録プライベート・ファイリング】での反応を見れば──」


言うなーヒヒーン!」

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