第74話 アンガー・サンダーボルト⑦ グッド・バイ・ラン

「【可変武器メタモルウェポン凄烈、曲がらずの心グッド・バイ・ラン】!!!」


 大槍から伝わってくる、初期微動にも似たわずかな振動を感じた時点で、ライデンはすぐさま手を離した。


 折れ曲がるように変形し、さながらホームランボールのように天高く、遠く飛ばされて行く大槍を見て、ライデンは高速で頭を働かせ、瞬時に理解する。


 ──これは、破壊を伴う打撃……けれど、決してそれがメインじゃない。


 高く、遠く、どこまでも吹き飛ばすことを目的とした一撃。


 ライデンの魔術は雷を呼び寄せ、破損した箇所を修復する機能は存在する。しかし──それは自在に操るというには程遠い。どこでも好き勝手に雷撃を落とせるわけでないのだ。


 魔術を一旦解除し、アンガーの全身を再生させるだけの魔力ももう残っていない。つまり……。


 ──この体……アンガー様の体をまるまる全部ふっ飛ばされしまったら、もうここには戻ってこれない!


 大槍から、アンに視線を戻す。彼女はすでに第二打をライデン操るアンガーの体に向けて振りかぶっていた。


「させないわッ!」


 アンガーの体の痛みはライデンの本体である馬の体に送られる。


 ゆえに、死ぬほど痛いだろうが、ためらっている暇はない。ライデンは渾身の力を込めて──


「「なっ!」」


 驚いたのは拓人とエレンで、アンは相手の覚悟を、レジーはアンの戦いぶりを静かに目に焼き付けていた。


 ──ごめんなさい、アンガー様。仮初めのものとは言え、御身を傷つける不敬……許しを請うようなことは申し上げません。でも、私──。


「──勝ちたいのッ!」


 アンのバットが腹部に命中ミートした。瞬間、ライデンは引きちぎった右手を地面に落とす。


 その一瞬後には、彼女の視界はすでに空の世界に切り替わっていた。


 ──体だけでなく、意識までもブッ飛ばされそうな一撃ッ! 今まであたしが戦ってきた誰よりも強い……けどね!


「今まさにブッ飛ばされているこの体を放棄し! 千切った右腕を元にアンガー様の玉体を再生するッ!」


 ライデンの【幻想皇帝イマジナリカイザー】はアンガー・サンダーボルトの肉体と装備を再現し、それを彼女の意識のもとで操る魔術である。


 それらが傷つけられたり、離れたりした場合は、武器や肉体の一部の元へ雷を呼び寄せることで修復し、元に戻すことができる。そう、裏を返せば──。


 ──修復するべき箇所があるところに! 雷は落ちる!そして、修復する箇所が多ければ多いほど、魔力消費も大きいけど、雷もより大きくなる!


 回復と攻撃を同時に行う……これこそがライデンの導き出した一手だった。


「喰らいなさい! 渾身の私の愛サンダーボルトをッ!」


 アンの目の前に転がった右腕に、雷槌いかづちが落ちる。


 それはアンの身を焼き、千切れたアンガーの肉塊にほとばしり、肉体を、大槍を、ライデンの意識を再生させる。完璧な一撃を見舞った。だが……。


 ──むしろ、ここからが本当の勝負!


 右腕が地面に落ちていたために、倒れるような格好で復活したライデンはすぐさま立ち上がる。


 彼女は慢心せず、容赦なく大槍を振るった。雷の衝撃によって発生した煙が立ち込めているせいで今はよく見えないが、そこにアンがいるはずだった。


 ──今のは渾身の一撃……だったけど、ここで倒れるような相手なら、そもそも私が本気になんてなれるはずないじゃない!


 最早、信頼にも似たライデンの予測は当たっていた。大槍の突きによって起こった風圧が、その姿を露わにさせる。


 アンの肌は黒く焼け焦げ、ところどころ皮がめくれ血がにじんでいた。髪は乱れ、目は虚ろ。


 だが、それでも──先ほどと同じバッターのように棍棒を構えるその姿は痛ましさよりも、力強さを感じさせる。


 三度目に棍棒を振り抜いた時、その芯は大槍の先端をしっかり捉えていた。


 棍棒と、大槍が今度は真正面からぶつかり合う。


「ぬぅううううううううううううッ!」


「はあああああああああああああああッ!」


 二人の戦士は互いに押し負けまいと、自らを鼓舞するようにその喉から生命いのちを絞り出す。己が愛のため、負けられないもののため、彼女たちは魂を振るう。


「!」


 ──大槍の先端が折れ曲がる。


「雷よ!」


 ライデンは、すかさず槍を修復する。それでも、少しずつ押され始める。


 しばらく、大槍は絶え間なく破壊と再生を繰り返していたが、ライデンの魔力切れを境に、はじめから布か何かで作られていたのではないかと思ってしまうほど簡単に折れ曲り、くしゃりと潰れた。


 アンのバット……【凄烈、曲がらずの心グッド・バイ・ラン】は大槍越しにライデンでもあり、アンガーでもあるその肉体を叩く。


 空の色を二度、目に焼き付けたその時ライデンはとうとう負けを確信した。


 意識が薄れ、共に戦ったこのひとが、崩れ落ちていくのを感じる。天からの借り物かみなりは、光の粒となって本来あるべき場所へと還っていく。


 ──魔力が尽きた私に、もう馬の体ほんたいを守る術はない。じきにこの命尽きるでしょうけど、それでもなんだか清々しい。


 全力を出し、そして負けた。とても晴れ晴れとした気持ち。それと同じくらいの悔しい気持ち。その両方を抱いて、ライデンの魂もまた、天に旅立とうとしていた。


 ──最期に良いお土産話ができたわ。アンガー様、今おそばに……。

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