第73話 アンガー・サンダーボルト⑥ 愛の形

 追憶の旅から戻ってきたアンは、透明な『殻』……【反骨、挫けぬ忍耐ハードシールド】越しに世界を見る。


 目の前には敵。目にも留まらぬ速さで左右からの打撃を繰り返し、こちらの障壁を打ち壊そうとしている。


 まずは目を慣らす。そうしなければ何も始まらない。


「左……右……左、右」


 盾に……否、『殻』にひびが入る。


「いかん!」


「まずい!魔力切れだ!盾が破られる!」


 アンが追い詰められているようにしか見えていない拓人とエレンは叫んだ。


「違うよ、エレン。あれは殻だ」


 レジーはいつの間にか拓人とエレンの側に立ち、意外にも落ち着いた様子で事態を見守っていた。


「どっちにしたって同じことだ!」


「いいや、違う。アレは殻を『破ってる』んだ──アン自身が」


「なんだって?」


 拓人とエレンの動揺をよそに、アンの心は至って冷静だった。


 ──勝負は一瞬。【盾】を解除して、攻勢に転じる……その一瞬。


「どうやら見えたようね。愛の形が」


 瞳に戦士としての光が宿ったアンに対し、ライデンは残酷ながらも快活な笑みを浮かべる。


「それでこそ、あたしとアンガー様が倒すにふさわしい相手!さあ、決着をつけるわよ!」


 ライデンは愛する者の幻影……その腕に力を込めより打撃を強くする。


  『殻』にはより多く、より大きくひびが入り、すでに変形し始めていた。


 ──想像イメージしろ。創造カタチにしろ。


 アンは目を閉じ、精神を集中させる。タイミングは理解した。あとは完成させるだけ。


 割れ初めた殻から飛び散る破片……そのうち肉眼では見えないサイズのものは、すでにアンの手元に集まり始めていた。


 ──あるじ……いいえ、タクトどのへの愛を示すこと。そしてこの窮地を脱すること。その二つを同時に為すこと。私の魔術ならそれができる。


 アンはあの時と同じく、拓人の記憶を再生する。高速で、走馬灯のように。


 『殻』はもう形を維持できない。あと数秒もしないうちに崩れ去るであろうことは、アンはもちろん知っていたし、はたから見ても明らかだった。


「アンッッッ!」


 拓人の声が耳に届いた瞬間、彼女は目を開けた。振り回されている大槍が左方から迫り『殻』をバラバラに砕いた。


 ──なっ!


 心中で驚きの声を上げたのは──ライデンだ。殻を砕き、そのままアンに渾身の一撃を叩き込もうとするその瞬間に気づく。


 アンが見えない何かを振りかぶっていることに。


 いや、彼女の手の中に隠れていたためにライデンからは見えなかったが、持ち手の部分はすでにできていた。


 ──神様の言う通り、タクトどのは弱い時も、立派でない時もありました。


 互いの武器がぶつかり合う直前……そのコンマ数秒の世界で、それは生まれる。割れた殻の大きな破片の数々がきらめき、一つの形に集約される。


 ──ほとんど常に苦境に立ち、幸福は少なく、自ら死を選びそうになったことさえあったけど、それでも与えられた命を最後まで生き切った──そんな彼を、私は──


「『カッコいい』と! 思うのです!」


 完成した武器は今にも大槍と触れ合わんとする。野球のバットにも似た棍棒こんぼうのようなそれは──。


「これが私の! 愛の形!」


 棍棒と大槍が激突する。






「【可変武器メタモルウェポン凄烈、曲がらずの心グッド・バイ・ラン】!!!」





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