第71話 アンガー・サンダーボルト⑤ ふざけないでよ

「──戦って、感じ取るまでよ!」


 ライデン操るアンガーの体が、勢いよくアンに向かって駆け出した。


「!!」


 先ほど馬の体で見せたような超加速には遠く及ばない。だがアンガーの巨体を操っているとはおよそ考えられないほど、その足運びは迅速かつ華麗だった。


「ぬぅん!」


 アンのそばまで近寄り、彼女の剣をぐように槍を振るう。


「くっ……!」


 アンも、その攻撃を受け止めようと柄を握る手に力を込める。だが……。


「なっ……!」


 剣はいとも簡単にへし折れ、大槍はアンの頭をかすめる。短く切られた数本の赤毛が宙を舞った。


「あら、目測誤ったかしら? 小さすぎる相手は戦いにくいわね」


 ──先ほどとはパワーが段違い! ですが……!


 アンは動揺しながらも、大振りによってできた隙をつく。


「……【可変武器メタモルウェポン旋回、貫く信念タービュランス】!!」


 折れた剣の前半分がアンの頭上で、回転している。彼女の声に応じて、それは数本の小槍になり蠢き始めた。


 ──反映されるのは、痛みだけで怪我そのものではない! それなら──!


 小槍たちは、アンガーの兜から覗いた瞳に狙いをつけ一直線に進む。


「ぐ……あっ……!」


 小槍の侵入した兜からは、うめき声が漏れた。しかし、回転した槍が勢いよく飛び込んだにもかかわらず血は飛び出さない。


「まさか……」


 アンは兜に開いた目線の部分を上目遣いで覗き込む。


 アンガーの顔面は小槍を受け止めていた。まぶたとその下の肉と骨で挟み込むようにして。


「ふぅー。焦ったわぁ」


 おかげで、数秒前まで激しく回転していたはずの小槍たちはビクともせず、アンガーの体には傷一つない。


「乙女のウインクよ。ごめんあそばせ。そして……」


 態勢を立て直し、急に背後を向いたアンガーは、大槍を振りかぶって投げた。それは、馬……ライデン本体に高速で迫っていたシャボン玉を捉え、爆散させる。


「なるほど。さっきの距離制限は『初めに泡を出現させる場所』に関して……であって『その後、泡を移動できる距離』とはまた別なのね。新しい発見だわ」


 ……でも、あたし言ったわよね。ライデンは背後を向いた時に折れた小槍を兜からつまみ出し、アンガーの迫力ある瞳でレジーのほうを見る。


「機会はもう与えないって」


「与えられたよ。機会チャンスはすでに」


「【回帰、忘れずの初心オリジンソード】!!」


 ライデンの無感動な視線と、レジーの不敵な笑みがぶつかり合う背後でアンの剣は修復されつつあった。


 そしてそれは、ライデンの背に向かって振り下ろされる一瞬後には、どこが壊れていたのかわからないほど綺麗に修復されている。


 ──レオ王の鎧を破壊した時のパワー……それを再現するつもりで!


 全力を振るった……はずだった。


「「「「……!」」」」


 アンも、レジーも最早言葉さえ出なかった。少し離れたところから状況を見守っていた拓人とエレンも、それは同じだった。


「ナメられたものね。その程度の愛で、全力を出したアンガー様の玉体を傷つける……なあんてできるはずないじゃない」


 ライデンの言葉通り、アンの全力を叩きつけられたはずの皇帝の体はおろか、鎧にさえ傷一つつけられていなかった。


「カムバック! プリティサンダー!」


 雷鳴が轟いたのを見て、アンは再び距離を取る。またもや、ライデンの右手には何事も無かったように大槍が握られていた。


「【反骨、挫けぬ忍耐ハードシールド】!!」


 反射的に、アンは守りに入った。基本的には円盤状で発動される【盾】だが、今回は彼女を守る『殻』のような形で展開された。円盤の状態で出すだけでも魔力消費の激しい大技だが、今のアンに燃費を気にする余裕は無い。


「また、その盾ね!」


 ライデンは先ほどの戦闘で【盾】に攻撃を跳ね返す性質があることをすでに悟っていた。だが……。


「ふん、ぬぅ!」


 大槍を振るった。今さっき【剣】に対してしたような『薙ぐ』動作で。


「くっ……!」


 当然、盾に当たった衝撃はライデン自身に返ってくる。しかし……!


「らぁ!」


 その反動を利用して、ライデン操るアンガーの体は回転する。そして、


「ぬぅあ!」


 今度は逆方向、左側から盾を打つ。その衝撃も跳ね返され……。


「ふん!」


 さらに勢いを増した一撃がまた右側から襲い来る。


「うら! ぬん! ほぅあ!」


 繰り返される回転と二方向からの打撃の繰り返し。それはすでに目にも留まらぬ速さとなって、風を巻き起こしていた。


 一見、乱暴にも見えるこの行動にもライデンなりの理論がある。


「これでその【盾】が解除された瞬間! 一瞬の間もおかずにあなたを仕留められるわ!」


 竜巻にも似た力の動きの中心でライデンは叫ぶ。彼女は今までアンが【盾】を出し渋っていたこと、そしてその原因が魔力消費の大きさにあると当たりをつけていのだ。


 ──そう、このままこの娘の魔力切れを待てばあたしの勝ち。今巻き起こっている風圧があれば、緑の娘の泡が出てきても瞬時に割ることができる! 本体を狙われたら狙われたで、また槍を投げつければ問題ない……完璧な戦法よ!


 しかし、そう心の中で呟くライデン自身がどこか納得できていない。


 ──このまま行けば、あたしの勝ち……でも、それでいいの?


 ライデンはこの時、アイスキャロルの命令などどうでもよくなっていた。


 ──いいえ、昔からアンガー様以外のことなんてどうでも良かった。だけど今は『黒い石』を誰かに破壊してもらわない限り、アイスキャロルの命令に従わないと苦痛が伴う。従うと晴れる。そんな、マイナスをゼロに戻すだけの虚しい日常の繰り返し……そんなくだらないものを得るために生きている。


 だが、こうしていつぶりかもわからない全力を発揮して、惜しくなる。このまま、終わらせてしまっていいのか。


 ──アンガー様は、常に敵にも『格』というものを求めていた。自分よりも弱い国を、弱い人を狙わなかった。殺さなかった。


 そうして、透明な【盾】に身を隠す幼女を見て思う。彼女はただ耐えようと顔をうつむきがちにさせ、わずかにうかがえる表情には敗北を悟りつつあるような諦観ていかんが見えた。


 ──この娘は、今のあたしの、アンガー様の全力を振るうにふさわしいの?


 ライデンはアンの戦いぶりに、瞳に宿る炎に、主人に対する愛を、忠誠を、尊敬の念を感じた。だから、こうしてアンガーの全盛期の姿まで引き出して力をぶつけ合うに足る相手だと……。


「ふざけないでよっ!」


 ライデンの咆哮にアンは顔を上げる。


「守りも大事よ。だけどね、全力の愛をぶつけて来なさい!」


「耳を貸すなアン! ただの挑発だ! 【盾】を解除した瞬間、貴君の体は粉々に吹き飛ぶぞ!」


 遠方からエレンが叫ぶ。どのみち時間の問題であることはよく理解しながらも。


「決めたわ!あなたたち精霊を全員おねんねさせた瞬間、タクトをぶち殺す! アイスキャロルの命令なんてもう知るもんですか!」


 追い討ちをかけるようにライデンは恫喝どうかつする。ただ負けを覚悟していただけのアンの顔に狼狽ろうばいの色が浮かぶ。


「本気よ、あたしは」


 ──嘘では意味がないわ。この娘の本気を、全力を引き出すためには、あたしも本気じゃないと!


「死なせたくないなら、考えなさい! この窮地を脱する方法を! あなたの愛の形を!」


「私の……愛の……」


 アンは虚ろな目で、混乱する頭で、それでも思い出す。あの時の、神とのやりとりを……。

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