第70話 アンガー・サンダーボルト④ 本体は

「そうか、逆だったんじゃ!」


 真相に気づいた拓人は思わず叫んだ。


「逆? 何が逆だと言うんだ」


 隣に立つエレンが眉を上げる。


「エレンもよく言っとる『先入観』というやつじゃ。すっかりだまされた!」


「わかるように言ってくれ!」


 今回はエレンがワトソン役に回る番だった。


「順を追って説明するぞ。まず最初の記述……」


 ・術者本体は( ㅤㅤㅤㅤ)の(ㅤㅤㅤㅤ)をすべて引き受ける。


「その後半部分、ワシは『(痛み)をすべて引き受ける』だと思う」


「痛み……?ああ、そういえば彼……アンガーは頰を怪我した時、自分ではなく頰をさすっていたな」


「そうじゃ。そして、あれを見とくれ」


 拓人が指差す方向には、アンガーがたった今降りた馬がいた。前足の両方がピクピクと痙攣けいれんしている。右足のほうが程度は酷い。


「両足が痙攣しとるのは、アンガーの両腕がアンの槍に貫かれたせい。右足のほうがより酷いのは、ついさっきアンガーが右手首を斬られたためじゃ」


「なるほど。その仮説は当たって……待て、待て待て待て。おかしい。だとしたら文章は……」


 ・術者本体は(ㅤㅤㅤㅤ)の(痛み)を全て引き受ける。


 となる。


「負傷しているのは(アンガー)。そして痛みを引き受ける……つまり怪我をしていなくとも痛みを感じるのは術者本体……おい、まさか!」


「そう! 術者本体は!!」


「バカな。じゃあ、アンガー・サンダーボルトは純粋な人間ではなく精霊だと言うのか⁉︎」


「そこまでは断言できんが……おそらく違う。あれはフィギュアのようなものだと思う。今現れているあの姿……大槍を持ち黄金の鱗の鎧を纏った姿こそが完成形なのじゃろう。じゃから、大槍を握っていないことは、ということになる。そしてそれは、呼び寄せた雷で『修復』できる」


「中々的を得た表現ね。あたしのアンガー様をモノ扱いするような言い回しに目をつむれば、だけど」


 アンガー……否、アンガーの体を借りた馬は、かぶとから覗いた目で拓人とエレンが身を隠す草むらのほうをギロリと睨む。


 ──しまった! ワシらの居場所がバレている! このままじゃと、あの超加速が……。


「落ち着け、タクト。『(ㅤㅤㅤㅤ)は電力を消費することで超加速を得る』という文章があったことは覚えているか? 超加速をしているのは馬……つまり(術者本体)だ。そして、あの馬の脚が弱っていることは先ほど貴君が言及したばかりだろう」


 馬本体の聴覚があるからだろうか。離れた場所にいるエレンの呟きに対する反応も、すぐに返ってきた。


「御察しの通り、あたしの美脚はひどく傷つけられたわ。二十四時間走り続けた後に強烈なのをもらっちゃったから。実際に怪我してるわけじゃないけど、あと十分はまともに歩くこともできない。超加速なんて論外ね」


 さてと、と人の顔をした馬はアンのほうに向き直る。


「今言った通りよ。もうあなたのご主人様を不意打ちするようなマネはしないわ」


 改めて、と言い彼女はアンに大槍を向ける。


「あなたたちに勝負を挑むわ。あたしの真の名は『ライデン』。アンガー様が最も輝いていたを以て、完膚かんぷなきまでに叩きのめしてあげる。どこからでも来なさ……」


クラッ……」


 顔面近くに出現したシャボン玉を彼女……ライデンは素早く左手で握りつぶした。


「即断即決。嫌いじゃないわ、そういうの」


 そして、次々と出現するシャボン玉を不適な笑みを浮かべながら、左手一本で破壊し続ける。


「そんな……!」


「自分で潰す分には問題ないようね。泡の内側に魔力を送り込むことで、はじめて衝撃が生まれる……ってとこかしら?」


 彼女は勝ち誇った風でもなく、冷静に考察を続ける。


「それに、弱ってるあたしの本体を狙わないってことは距離制限もある」


 その言葉は図星だった。この時、不幸にもレジーと本体の馬の距離は三メートル以上離れていた。


「勝負を急いだわね。こっそり近づいていれば、あたしの本体に届いたかもしれないのに……まぁタネがわかった時点で、もうその機会を与えることはないけど」


「コイツッ……! 馬のくせに頭が回る……!」


「人間以外の動物だって色々考えるの。あなたがそれを知らないだけよ」


「それならッ……!」


 レジーがムキになってシャボン玉を大量に出現させようとするのを、


「待ってください、レジー」


 アンの一声が引き止めた。


「今この方にシャボン玉が一発二発当たったところで、きっとビクともしないでしょう。魔力はどうか、温存してください」


「わかっ、た……」


 レジーの魔力が無くなれば、傷を負っても回復できなくなってしまう。そんなアンの考えを察してか、レジーはしぶしぶ頷いた。


 ──けど、アン……大丈夫なの? ボクだって、アイツが中途半端に強いだけなら、馬本体のほうを狙ってさっさと勝負を付けてた。けれど、今のアイツは……。


「これは『愛』の戦いよ、小さなお嬢さんたち。あたしは愛ゆえに、今は亡き主人であるアンガー・サンダーボルトの勇姿を模してこの魔術を発現させた……あなたはどう?」


 そう言って、再びアンガーの姿をした馬はアンを指し示す。


「あ……愛⁉︎ わ、私とあるじどのはそういう関係では……」


「別に愛はそういう形のものだけじゃないわ。忠義や信仰……それもまた愛よ。あなたの愛の形は、どんなふうなのかしら?」


 淑女しゅくじょの問いかけが、アンガーの力強く低い男声に乗ってアンの心へ届く。


「愛の……形……」


 呟き、沈黙するアンに、アンガーを模した体は目を閉じ返答を待つ。


「……」


 しかし、答えは出ない。


「そう、簡単に言葉にはできないのね。なら──」


 アンガーの体が、アンに向かって駆け出す。


「──戦って、感じ取るまでよ!」


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