第69話 アンガー・サンダーボルト③ フル・スケイル

「レジーには、指一本触れさせません!」


 アンは盾を解除し、レジーをかばうように剣を構える。彼女の見つめる先には、自分の馬をさすっているアンガーがいた。


「フーッ、フーッ」


「落ち着け……落ち着け……」


 先ほど跳ね返された槍の衝撃で傷を受けた自分の頰……ではなく、馬の頰をやんわりと撫でる。


「フー……」


「よし……いいぞ。気持ちが収まってきた」


 呼吸が整ってきたところで、敵の様子を観察しながら考える。


 ──あいつら、予想以上に小賢しい。ここまで手こずるとは思ってなかった。『殺して良い』なら完全にあたしの勝ちだったのに。


 忌々いまいましい、思わずくちびるを噛みたくなる。昨日から不愉快なことばかりだ。仇であるレオの所在もわからない。おまけに気色の悪い、生き物かどうかもわからないヤツを視界に入れてしまった。


 いや、あの日、アイスキャロルの手を握ってしまったことがそもそもの失敗だ。あの『黒い石』さえなければ、今にでも……いや、アイスキャロルたちから離れている今こそ、レオを探し出して刺し殺し、踏み殺してやるのに。


 ──それか……。


 仲間を守るために勇敢に立つ敵を見て、想う。あの娘が『黒い石』だけを壊してくれれば良い。そして命だけは助けてくれる……そんな都合のいいこと──。


 ──あるわけ、ないよねぇ。


 馬がアンとレジーに向かって動き出す。それに合わせ、アンは声を張った。


「レジー!」


「うん!」


 アンが自らの身長二つ分ほど、難なくジャンプして見せた。跳躍に合わせてレジーはアンを包むようにシャボン玉を出現させる。


 アンがシャボン玉の中で姿勢を整えた頃には、アンガーはすでに、先ほどレジーに繰り出したような超加速を使い、彼女の目の前まで来ていた。


 ──確かにスピードは速い……ですが!


破裂クラッシュ!!」


 アンの乗ったシャボン玉が爆発し、アンガーと馬に衝撃を与える。


 ──防御はザル! 攻撃の方法も槍に頼りすぎ!


 そんなアンとレジーの読み通り、人馬は共に姿勢を崩す。


「ぬ……うんッ!」


 上体を大きく揺らしながらもアンガーは槍を振るう。その切っ先はアンの胴体を真っ二つにするべく、右から左へと振り抜かれようとしていた。


 ──【反骨、挫けぬ忍耐ハードシールド】は魔力消費が激しすぎます。ならこの一撃は……!


「【回帰、忘れずの初心オリジンソード】!」


 ──剣で、受ける!


 創り出した剣の柄を素早く両手で強く握り、刃を襲いくる槍にあてがう。


「ぐぅッ!」


「ううッ!」


 交差する刃をぶつけ合いながら、火花を散らす二人は思う。


 ──((重いッッッ!))


 アンは歯を食いしばり、握る力をさらに強める。


 ──腕を怪我しているにもかかわらず、この膂力りょりょく! 多少は覚悟していましたが、これほどとは!


 アンガーは驚いたように目を見開く。


 ──なんなのこの娘! 精霊だから、見た目通りの力とは思ってなかったけど、空中で不安定な姿勢のまま、ここまで力を出せるなんて反則すぎる!


 力比べを制したのは──アンだった。


「うらあッ!」


「ぬおおおッ!」


 力任せに槍を弾き飛ばされたアンガーはそのままのけぞり、無防備な状態になった。


 ──まずい!


「はあっ!」


 落下するアンは途中で馬の頭を軽く蹴る。


「ヒヒンッ!」


「痛ぁ!」


 その勢いのままジャンプし、剣を構え直してアンガーが先ほどまで大槍を握っていた手首に狙いをつける。


 ──この方も、マネーどの……いいえ、アイスキャロルの魔術で操られているだけなのかもしれません。


 そんな一瞬の迷いが、アンの心をと刺す。


 ──ですが、今は戦わなければこちらが……! あとでレジーに傷を治してもらいますので、御免!


 アンの鋭い一撃は、アンガーの右手首をわけなく切断した。小槍で腕を刺した時よりも、ずっと多量の血が吹き出す。


 槍という武器を握れなくなったなら、戦況はこちらに大きく傾く。あわよくば、今度こそ降参してくれるかもしれない。それがアンの考えだった。


 しかし、アンガーは先ほどのように慌てることはなかった。それどころか、過去に思いをせるがごとく据わった目で遠くを見て、覚悟を決めたような落ち着いた口調で言う。


「そうなの……そこまで強いのね、あなたたち。それなら、あたしも……」


 闘気が一層強くなった。彼とすれ違ったばかりのアンの背中がぞくりと総毛立つ。


「本気を出さざるを得ないわ!」


 アンガーは左手と、血の吹き出す右腕を天高く掲げながら叫ぶ!


「カモン、プリティサンダー!」


「ヒヒィィィィィン!」


「なっ!」


 着地したアンは全速力でアンガーから距離をとる。先ほどとは比べ物にならないほどの大きな雷が彼めがけて落ちてきていたからだ。


「ときめき回路、媛迅全開フルスロットル! 乙女パワー、120パーセントオーバーハンドレッド!天に蠢く無限のいかづちよ! 今こそ、その万鈞ばんきんなる力を以て、我が愛に応えよ!」


 まず、一筋目が切断された右手首に落ちる。次の瞬間には、何事もなかったかのように右手がそこにある。


 二筋目がその手に大槍を握らせ、三筋目……大雷電が彼の全身を包み、竜の鱗を敷き詰めたような紋様を持つ金色の鎧とかぶとまとわせた。


「ふぅ……」


 戦士が馬から降り、地に立つ。強張った顔のままのアンを見据えながら、準備運動するかのように大槍を軽々と片手で回してから、構えた。


「これが……! これこそが、あたしとアンガー様の全力すべてッ! 【幻想皇帝イマジナリ・カイザー──在りし日の栄光フル・スケイル】ッ!」

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