第67話 アンガー・サンダーボルト① 速やかに投降せよ

「我は七服臣セブン・ミニスターズが一人、ボンヘイ国武力行使担当大臣アンガー・サンダーボルト。もう一度言う。速やかに投降せよ」


 ──なにが、武力行使担当大臣じゃ! アンタの国の大臣、ほとんど武力行使しかせんじゃろ!


 などという突っ込みが、拓人の心中で浮かぶと同時にしぼんで消えた。


 掴まれた頭からじかに伝わってくる。闘気は、それほどまでに巨大だった。


 レオのそれは老兵と王の気迫が入り混じったようなものだったが、この男が放っているのは現役の武人の覇気そのものだった。


「あ、あるじど……」


「余計なことは喋るな。余計な動作もするな」


 髭面ひげづらの大男……アンガーの発する重みのある声が、アンたちにのしかかる。


「王からは、本体さえ殺さなければ何をしてもいい、とのお達しだ。我が、反抗の意思ありと見なした瞬間、この者の四肢を根こそぎ切り取る」


 ──それ、死ぬのでは?


 そう考えようとも、拓人に発言権はない。


「精霊たちよ。ゆっくりと。一人ずつこちらに来い。来た者から順に一息に胸を突いて休眠状態にしてやる」


 休眠状態。その言葉から、拓人は過去の情報を引き出す。


 精霊が絶命するような傷や、病に侵された場合、死ぬ代わりに休眠状態となりしばらくの間、呼び出せない……確か、アンとギフトがそんなことを言っていた。


 ──つまり、この男はアンたちを……!


 まず、動いたのはレジーだ。アンガーの言う通り黙ったままゆっくりと、彼のもとへと歩み寄った。


「そうだ、そのまま……」


 ──いかん、レジー! 来ては……。


 どうすることもできない拓人は、向かってくるレジーを見ながら目に涙を溜めることしかできない。


 ──ワシは、お前さんと約束したのに! 死なせないと約束したのに!


 レジーの歩みに応じて、アンガーは少しずつ槍の先端を彼女の胸に向ける。


 ……だがしかし、槍をレジーに向けるということは、拓人から槍を離すのと同義である。


破裂クラッシュ


「ぬう!」


 一体いつの間にそこにあったのだろう。拓人の頭を鷲掴わしづかみにしたアンガーの左手……そのすぐ下にあったシャボン玉が破裂した。衝撃波をモロに受けた腕がかち上げられ、激しく揺れる。


「くっ……!」


 しかし、アンガーは拓人の頭を離すようなことはしなかった。むしろ腕に力を込めより強く、小さな頭を握りこみ引き寄せようとする。


「あばばばば! 千切れる! 千切れる!」


 拓人はシャボンの爆風とアンガーの力の両方に引っ張られ、激痛を味わっていた。


「我は予告したぞ! ならば四肢を……!」


 アンガーは槍を素早く拓人のほうに向け直し、振りかぶった。


「【旋回、貫く信念タービュランス】ッ!」


 アンの叫びに応じて、彼女の握る剣の先端から幾本もの小槍が真っ直ぐに伸びる。そして前方にいるレジーを避けるように二股に分かれ、それぞれの群がアンガーの二本の腕を突き刺した。


「ぐ……!」


 今度こそ、彼は拓人の頭を離した。


始動ドライブ加速アクセル!」


 レジーは迅速に、拓人と自身をシャボン玉に包み込む。そして、目にも留まらぬ速さで自身はアンの、拓人はエレンの後ろに回り込むように移動させた。


「タクト、無事⁉︎」


 呼びかけるレジーに暗い声でタクトは返す。


「おぇ……口の中酸っぱ……さっき食べたサーモンの実の味も……」


「キモいからそういうの言わなくていい……でも、良かった。怪我してないなら。それだったら回復は我慢しようね」


「我慢……」


 ──ふざけるなッ!


 牢獄での記憶が頭をかすめた。情けない過去の自分を拓人は振り払う。


「……うむ、我慢する」


「えらい。でもホントにつらくなったら、すぐ言いなよ」


 レジーは微笑みを向け、拓人はそれを受けてからすぐさま敵のほうに視線を移す。


「ぐっ、ぐぐッ!」


「ブルルッ、ブルルッ!」


 アンガーは痛みにもだえるように身をよじる。彼を乗せた馬も、主人の窮状を察してか荒ぶるように首を振っていた。


「降参するなら傷……治してあげるけど?」


 レジーが平坦な調子で声をかける。数分もしないうちに降伏を促す立場が逆転している。拓人はこの時、彼女たちの強さを改めて思い知らされた。


「い、いらぬ気遣いだッ!」


「ヒヒーン!」


 武人も駿馬しゅんめも己を鼓舞するように叫ぶ。アンガーは身をよじる勢いに任せて、刺さった小槍をへし折った。


「エレン、敵の解析を」


「もうやった! だが、これは……」


 アンの問いかけに答えるエレンは、すでに展開された【当方見聞録プライベート・ファイリング】を怪訝けげんな表情で見つめている。


 ──何かが変だ。虫喰いの状態になっているのもそうだが、それ以上に何か別の違和感が……。


 エレンがそう考えていた──刹那せつな


「エレン!」


 アンの声でエレンは、いつの間にかうつむき加減になっていた顔を上げる。


 先ほどまでアンガーの手の中にあったはずの大槍が彼女の顔面めがけて飛んでくるのが見えた。


 ──しまった。これは避けられな……。


「うおりゃッ!」


 それはとっさの行動だった。エレンの真後ろにいた拓人が彼女のコートの襟を引っ張り、自らのシャボン玉の中に引き込んだ。


 ──人間や物体みたいに一続きになってるものは、ちゅるんと吸い込める。


 そんな……たった今拓人が思い出した、レジーの過去の発言の通りにエレンの体は簡単に吸い込まれた。


「レジー!」


 拓人の意図を察したレジーはすぐさま反応した。


破裂クラッシュ!」


 拓人とエレンを内包したシャボン玉が破裂する。


 ──爆発の衝撃は外にいくわけだから、中心にいるあるじは逆に安全。ただ下に落ちるだけ。


 それもレジーが過去に言っていたことだった。


 破裂したシャボン玉は近辺に衝撃波を撒き散らす。それは槍に、アンに、レジーに向かう。


 ──【回帰、忘れずの初心オリジンソード】!


 コンマ数秒の間にアンは心で念じ、一部槍に変じていた刀身を元の形に戻す。右手でそれを地面に深く突き刺し、強く握る。


 そして左手で衝撃波で飛ばされそうになっているレジーの右手を彼女のシャボン玉越しに素早く捕まえ、これもまた強く握った。


 大槍は軌道をそらされあらぬ方向に飛んで行く。


「あたた……エレン、お前さん意外と重いな」


「……貴君もな」


 落下した拓人、その下敷きになったエレンがうめいた。


「無事ですか、レジー」


「う、うん、ありがと、アン」


 敵のほうに視線を向けたまま事も無げに問うアン。とっさの判断だったために、自分が助けられることまでは期待していなかったレジーが少し顔を赤くしながら彼女のかたわらで答えた。


「腕を貫かれていたからか、コントロールもパワーも不十分だったらしい」


 エレンが立ち上がり服についた土埃つちぼこりを払いながら、今度はしっかりと敵の姿を見すえる。


「武器も失ってしまったわけですが、これでもまだ戦いますか?」


 今度はアンが降伏を勧めた。


「まだ戦うか……だと? 愚問だな」


 アンガーは汗をにじませながらも不敵に笑う。


「我の武器は、ここにある!」


 アンガーが広げた右の手のひらを天高く突き上げる。腕から流れる血の彩りが、その姿を勇ましく見せると同時に妖しく輝かせてもいた。


 馬がいななき、晴天の空に浮かぶ雲間から一筋の稲妻が落ちる。アンガーの手のひらに!


 次の瞬間には、先ほどどこかへ飛んで行ったはずの大槍がその手に握られていた。


「「「なっ!」」」


 拓人、アン、レジーが声を上げ、エレンが眉をひそめた。


「行くぞおッ!」


 アンガーを乗せた馬が動き出すと同時に、レジーは敵の周囲に多数のシャボン玉を配置した。


 ──あの馬が転べば、どうにかなるはず……!


破裂クラッシュシー……」


 ……実際、レジーに見えたのは馬が最初の一歩を踏み出そうと宙に浮かせるところまでだった。


「ク」


 電光石火。まさしくそうとしか言いようが無い。


「エッ?」


 次の瞬間、アンガーはレジーの目の前で彼女めがけて槍を振り下ろそうとしていた。


 ──速……!


「──【反骨、挫けぬ忍耐ハードシールド】!」


「うっ、おおおッ!」


 アンガーは槍を振り下ろすと同時に、ほとんど動物的な勘で何かを避けるように顔を傾けた。


 一瞬前に自分が放った槍の衝撃波が、光が鏡に反射するかのように跳ね返り頰をで、傷を作る。


「ヒヒン! ヒヒン!」


 馬が慌てふためくように鳴き、瞬時に距離をとる。


 アンガーは、少し離れたところから息を整え改めて敵の姿を見た。


 そこには、宙に浮いた盾の後ろでレジーをかばうように立ちはだかっているアンの姿があった。

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