第66話 地獄《ステータス》を見よう!②

「まさか、あんな忖度そんたくをされるとはな……」


 数分後、目を覚ましたばかりのエレンの息はまだ荒かった。


「認めよう、レジー・アイドルネス。貴君の言う通り、当方の頭は確実に悪くなっている」


 言葉はいさぎよかったが、表情は落ち込んでいるのが見て取れた。


「やっぱり、ボクたちは弱体化してる。たちの悪いことにそれぞれの得意な分野に関するステータスが著しく。それ以外も一回り二回りぐらい落ちてる」


「あの……」


「でも、どうしてなんでしょう? この世界に来てからですよね。この世界の魔力の質が関係あるのでしょうか?」


「それは考えにくいな。魔力の質の問題なら単に魔術のパフォーマンスが悪くなるだけだ。身体能力まで下がる説明がつかない」


「話の腰を折って悪いんじゃが……」


「それもそうですね。だとすると……」


「おーい、聞こえとるかの?」


 先ほどから及び腰になりながらも、声をかけ続けていた拓人の存在に三人がやっと気付いた。


「し、失礼いたしました、タクトどの。いかがされましたか」


「じ、実はその……できれば……」


 申し訳なさそうにモジモジしながら話す拓人の姿を見て、エレンはすぐにその真意を見抜いた。


「自分のステータスも測ってほしい、だろう?」


 こくり、と拓人は頷く。


 自分のどのステータスも、アンたちには及ばないであろうことは覚悟の上だった。全ての値が、先ほどエレンが最低値だと言っていたE−でもおかしくない。


 だが……それでも、もし……もしたった一つだけでも自分の中で光るものがあるかもしれないなら、それを知りたい──そう思うのは当然のことだった。


「心の準備はできているようだね。では、タクトのステータスを」


 エレンがそう呟いた──瞬間。


 【当方見聞録プライベート・ファイリング】は、先ほどの三人のステータスを表示する時には見せなかった強い光を発した!


「まっ、まぶしッ!」


「ほう、興味深いな……」


「なに……これ……⁉︎」


「さすがはタクトどの! 輝きからして私たちとは違います!」


 まさか。そんな思いが拓人の心をよぎる。


 ──もしや、これはもしかすると……!


 ステータスが──表示される。






 タクト・レンドー


 力 ゴミ

 耐久 カス

 スピード おっっっそ

 運 しょうもな

 賢さ チンパンジーのくくりならトップ

 最大魔力 SS+(←これだけ妙に高いん何なん? アホかよ)


「……」


「……」


「……」


「……」


 流れる、沈黙。まずはじめに


「なんでじゃアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 拓人が絶叫しながら後方にぶっ倒れた。


「タクトどのォー!」


「ひどすぎる! なんじゃこれ! SNSのコメント欄か⁉︎」


 彼の期待は見事に裏切られ、表示されたのはステータスと呼ぶのも抵抗がある、九割方ただの悪口だった。


「ひ、ひどい……」


 レジーも思わず同情の言葉を漏らす。


「ほとばしる! 悪意!」


 拓人はぶっ倒れた姿勢のまま大空に向かって叫んだ。


 全ステータスE−どころの話ではない。


 拓人が愛読していた異世界転生物語の主人公は『良い意味で』規格外、測定不能なことが多かった。


 だが、拓人の場合は最大魔力の値以外『悪い意味で』規格外であることが残酷にもハッキリと示されている。


 普段は規格外、測定不能といった類のワードにワクワクを覚える拓人であったが、この時ばかりは──。


「基準をッ!!!!!! 守れッッッ!!!!!!」


 そう思った。


「これはどういうことだ? 【当方見聞録】」


 エレンは顔を少ししかめながら、己が精霊に問うた。


『タクト・レンドー。こいつは我が術者とになっていただろう?』


 たちまち記された文字を見て、エレンは瞬時に思い当たった。


 ──なるほど、つまり……当方は貴君の『タイプ』というわけだね?


「あの時の宿での一件か!」


 拓人の好みのタイプと自分の身体的特徴が合致していたことで、彼をちょっぴりからかった一件。


 その記憶を不意打ち気味に呼び起こされて、エレンは思わず顔が熱くなる。


「あの時のアレは自分でも調子に乗ってしまった感があってえっとその……」


「いい雰囲気、って?」


「どういうことです?」


 レジーが半笑いで、アンが何かを疑うような顔でエレンを見つめる。


 今にも追及が始まりそうな会話は、拓人の耳には聞こえていない。彼はもう空を仰ぐことさえやめて首をと転がし、なんとも言えない脱力感に身を任せていた。


 ──ワシって、一体なんなんじゃろう? 最大魔力とやらは高かったようじゃったが、それにもなんか悪口書かれとったし……。


「……」


 ……適当に投げ出した視線の先に、何か『点』のようなものが見えた。だが、まだそれは小さすぎて、心ここに在らずといった状態の拓人の意識には登らない。


「……ん?」


 数回瞬きして、拓人は異変に気付く。点が徐々に大きくなる。


「あ」


 さらに大きく。もうもうと土煙を巻き上げて。


「れ」


 何かがこちらに迫ってくる。


「は」


 ぶわり。拓人たち一行を小さな砂嵐が襲う。


 アン、レジー、エレンはすかさず目を覆う。数秒経って視界が晴れた瞬間、彼女たちは目にした。


 馬に乗った髭面ひげづらの大男と、彼の左手に頭を掴まれ右手に持った大槍を突きつけられている拓人の姿を。


「──速やかに投降せよ。タクトという精霊使いとその従者よ」

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