第65話 地獄《ステータス》を見よう!①
「ステータス……!」
その言葉を聞いて目を輝かせたのは拓人だった。
ステータスとは、自分の現在の能力が数字やアルファベット等で評価されるという、異世界転生物語では定番の設定だ。
計測される能力値の種類や、それが何段階で評価されるかは作品によって違うが、身体能力や知力、魔力などが評価基準として採用されることが多い。
この世界に来てから驚きの連続で、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたが、この『ステータス』というのは拓人の憧れの一つだった。
何より自分の正確な実力を、ある程度ちゃんとした値で把握できることが魅力的だ。前世でそのような都合の良い話は無かった。このシステムがあるのとないのとでは、人生の難易度や面白さは明らかに違ってくるだろう……それが拓人の持論だった。
「そうだ。当方の魔術なら表示できる。記録手段の一つとして一応採用しているだけで、当方はあまり好きではないのだがね。……忠告しておくがステータスは、あくまで現在の評価であって限界を表すものではない。記号に踊らされて自分の得手不得手を決めつけるような愚かな真似はするなよ」
「もちろんです」
「わかってる」
「う、うむ、了解した」
「評価基準は力、耐久、スピード、賢さ、運、最大魔力の六つ。評価段階はE−からSS+の二十一段階。ではまずレジーから」
「えっ、ボク?」
まさかトップバッターにされるとは思っていなかったレジーは、
「こういうのって、言い出しっぺのエレンが最初にやるもんじゃないの?」
「『ステータスを見る』という提案をしたのは確かに当方だが、その原因は貴君にある。なら、事実上の言い出しっぺは貴君だと考えるが」
「う……りょーかい」
細かいことを言うエレンに納得したというよりも、反論が面倒くさい、と言った感じでレジーはしぶしぶ了承した。
「では、いくぞ」
立ち上がったエレンの視線の先に『開いたハードカバーの本』サイズの光の膜が現れる。それこそが彼女の魔術、自他の記録を映す鏡【
エレンの後方で、彼女越しに三人がそれを覗き込む。
輪郭が形作られ、続けて
レジー・アイドルネス
力 E
耐久 E
スピード E
運 D+
賢さ A−
最大魔力 S+
「おおお……!」
思わず声を漏らしたのはレジーではなく、拓人だ。
現実のものとして目の前に表れたそれは、彼がとっくの昔に奥底にしまっていた少年の心をくすぐった。
──そうじゃ、そうじゃ! 異世界転生は、こうでなくてはな!
「最大魔力、やっぱり落ちてるね。元はSSだっけ。それでもS+あるのはびっくりだけど」
当の本人であるレジーのほうが感動も、大きな落胆もなく客観的に意見を述べた。
「それよりも力、耐久、スピードの項目が低すぎです。運動しなさい、レジー」
「やだ」
アンの言葉にすぐさまレジーはそっぽ向いた。
「太りますよ。最近、お腹プニプニになってるの知ってるんですからね」
「……ッ!」
アンの指摘が事実であると裏付けるように、レジーは表情を引きつらせながら赤面した。
「……エレン、次アンの出して。ボクのことを好き勝手言ってくれちゃってる人のステータスが、どんなもんか見たいんだ」
先ほどの
「の、望むところです!」
アンもその視線に応じるようにレジーを見返した。だが、やはり弱体化しているかもしれない自分のステータスを見るのは勇気がいるらしく、その声は少し上ずっている。
「いいだろう。アンのステータスを」
エレンの声に応じて、目にも留まらぬ速さで
アン・フューリー
力 A+
耐久 A
スピード B+
運 C
賢さ D
最大魔力 A
「やはり、力も耐久もスピードも下がっていますね。他の値は……」
視線を下げてアンは、固まった。
「……賢さD?」
そして意味を
「賢さD⁉︎」
我に返って叫ぶアンは、すぐにすがるように拓人のほうを見た。
「たっ……タクトどの……これは間違い、何かの間違いなのです」
「お、おう……」
悲しみの内に隠れた静かな怒りのオーラ……それを無意識のうちに察知した拓人は、思わず後ずさった。
「私はもう少し賢いはずです……」
地面に
「私は!」
一歩一歩
「もう少し!」
足をめり込ませながら
「賢い!」
アンは拓人に
「はず!」
にじり寄った。
「です!」
アンの歩みに応じて小さなクレーターのようなへこみが作られていく。力A+がどれほどのパワーを指すのか……その一端を拓人は垣間見た気がした。
重戦車のような
アンとの距離がほとんど目と鼻の先まで近づいた時──拓人は彼女を抱きしめた。
──最初から、こうしとれば良かった。誰かに八つ当たりするような子でないことは、もうわかっとったのに。
「おうおう、わかっとるよ。みんな弱っとるんじゃよな。アンだけではない。それにアンは今のままでも賢い子じゃ。ワシはようく知っとるよ」
抱きしめたままの手で背中をポンポンと優しく叩く。鎧越しからでも、アンにはその温かさが十分に伝わった。
「た……タクトどのぉ〜」
「よしよし」
「じゃあ、次はエレンの番だね」
アンの背中をさする拓人の姿を横目に、レジーは続きを促す。
「あ、ああ……」
エレンもエレンで自分の番が回ってくると少々緊張しているらしく、一度目を閉じて深呼吸していた。
「当方の、ステータスを」
エレガンス・ホーティネス
力 E
耐久 E
スピード C
運 C
賢さ 我が術者の名誉に関わるため削除
最大魔力 D+
「エレン、これは一体……?」
アンをなだめながら戻ってきた拓人が問うた。もちろん、賢さの欄に付された謎の文章についてだ。
「ボンヘイで見た『虫喰い』とはまた違うようじゃが……」
「たぶん【当方見聞録】の元々の性格が原因だと思う」
答えたのは術者のエレン……ではなくレジーだった。
「どういうことじゃ?」
「【当方見聞録】って厳密には『精霊』なんだよ。ボクたちと見た目が全然違うけど」
「そうなのか?」
精霊は人型、もしくはそれに近い姿だという先入観を持っていた拓人には意外な話だった。
「うん。多少の自我や思考能力があれば無機物っぽい見た目でも『精霊』ってくくりで良いと思う」
「ほぉー……ところでなんでエレンは精霊を使っとるんかのう? その他の魔術と比べてどういう利点があるんじゃ?」
「記録の編集作業とかを自分で考えてくれるからだって。それで節約できる時間とか思考力を推理に回せる的なこと前に言ってた」
前世で自分たちがコンピュータやAIを使っていたのと似たような理屈か、と拓人は解釈する。
「てゆーか『精霊が自分で考えて動いてくれる』ことの恩恵は……タクトが一番よくわかってるんじゃない?」
確かにそうだった。アンやレジーが命令しなければ動いてくれない存在だったなら、拓人はとっくの昔に再起不能になっていただろう。
「本当に、お前さんたちには感謝しとるよ」
右手でやっと落ち着いてきたアンをそれでもゆっくり撫で続け、感謝のこもった眼差しレジーを見る。
「なら、いいけど」
「ところで、さっきからエレンが全然喋らんのじゃが……」
「ああ、現実を直視し切れなかったみたい」
拓人がそっとアンから手を離し、エレンの顔を横から覗き込む。彼女は白目をむいて立ったまま気絶していた。
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