第61話 別れの朝、旅立ちの今日④

「のう、みんなはなぜそこまでしてワシのために戦ってくれるんじゃ?」


 土下座によるコミュニケーションを終え、拓人は今まで聞きづらかった疑問をその場の雰囲気に任せて口にした。


 拓人を守らないと自分たちも死んでしまうから、という理由もあるのだろうが、それだけにしては妙に親身になってくれている気がした。


「うーん、私たちにもよくわかりません。ですが、あるじどのとはどうにも初対面のような気がしなくて……」


「なんか守ってあげたくなるんだよね」


「当方は、貴君の記録を読んだことから親近感が湧き上がったのだろう、と考えるが……たしかに、それを差し引いても貴君のことを好意的に見ているのは間違いないね」


 三人にとってもよくわからないらしい。それでも、拓人に対して何か懐かしさのようなものを感じているらしいことは確かなようだった。


 だが、拓人から見れば三人はこの世界で初めて会ったばかりだ。前世でもこんなに小さい知り合いはいない。


「その謎も、きっと当方が解いて見せるさ」


 エレンの一言で、その話題は一旦保留となった。


「ところでもう一ついいかの?」


 拓人の問いかけに三人は首を縦に振る。


「呼び方に関する問題なんじゃが……」


 これもギフトに対して言ったことと同じく、言い出すタイミングを失っていた提案だった。


「『あるじ』……というのはくすぐったくってぇ……そのぅ……」


「なるほど。二人にも当方と同じように『タクト』と呼んで欲しい……ということか」


 アンとレジーを見ながら言うエレンに拓人は顔を赤らめながら、こくりと頷いた。


「そ、そんな、恐れ多いです!」


「……なんか恥ずい」


「し、しかしなぁ、ワシはお前さんたちに尊敬してもらえるような立派な人間には程遠いんじゃ。だから、その、せめて対等に……」


 妙に改まった言葉が自分の口から出るたびに、拓人の気恥ずかしさは増した。


 だが、それ以上に許せなかったのだ。『あるじ』と呼ばれることが。身の丈に合わない畏敬いけいは、かえって彼をみじめな気持ちにさせていたから。


 ──ワシが改めてそう呼ばれるのは、ワシがただの付属品ではなく、真に彼女たちと歩むにふさわしい存在になってからじゃ。


「タクトは勇気を振り絞って言っているのだ」


 エレンの援護が二人を急かす。


「タ……タク、ト……」


 レジーが目をそらしながらも、呟くように言った。


「ほ、本気ですかレジー! エレンも! どうしてあなたたちは……」


「アン」


 エレンの真剣な一声が、アンの怒りを不発に終わらせた。


「確かに、尊敬すべき対象に礼儀を重んじると言う貴君の態度は素晴らしい。……しかし、それは本人の意思を、心を無視してまでやるべきことなのかね?」


「ぐっ……!」


「どう思う?」


「わ、わかりました……」


 アンはその後数秒、ちらちらと拓人のほうをうかがうように見ていたが、ある瞬間頬を染めながらも、覚悟を決めたようにしっかりと拓人と目を合わせた。


「いきます!」


「お、おう!」


「た……たっ、たたたた」


「……」


「タクト……」


「……!」


「……どの」


「くぁー!」


 なぜかはたから様子を見ていたエレンが、自らの額を叩いて悔しそうなジェスチャーをした。


「どうして『タクト』で止めないんだ! 余計なものどのを付け足すんじゃない!」


「だ、だって、は、恥ずかしくて……」


 赤くなったうつむき加減の顔で、アンは拓人のほうを見る。同じような気恥ずかしさを感じている拓人には、その気持ちがよくわかった。


「ず、ずるい! ボクだって頑張ったのに!」


「そうだぞ、アン。貴君も……」


「……あーもー! 無理なものは無理です! せめてタクト『どの』と呼ばせてください! よろしいでしょうか!?」


 アンはこの瞬間、怒っていたがその感情を誰に向けて良いかわからないようだった。結果、言葉遣いこそ丁寧だったが、脅迫のような凄みが含まれる発言となってしまった。


「わ、わかった。わかった。ワシも無理強いはしたくない」


「……ありがとうございます。では、改めてよろしくお願いします。た……タクトどの」


「ああ……こちらこそよろしくお願いします」


 ひとつの儀式が終わった後の、余韻よいんのような沈黙がしばらく流れる。各々の心が落ち着いてきたタイミングを見計らって拓人は改めて朝日を見つめた。


「みんな、この国でやり残したことはないかの?」


「はい!」


「うぃー」


「ああ」


 それぞれの、てんでバラバラのようでありながら深い部分で繋がっていると感じさせる返事が、これから始まる旅を楽しいものにしてくれる……拓人にそう確信させた。


「出発じゃ!」


 小さな肩で、風を切って歩く。そうしたのは見栄を張りたかったからではない。この世界に負けてたまるか、というささやかな決意表明のためだった。


「この世界、これからもっと楽しくなるぞぅ!」


 第二の生こそ、希望と幸福に満ち溢れるものにするために──。

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