第60話 別れの朝、旅立ちの今日③
ボンヘイ国・市街地の出入り口付近で拓人たちは昇りゆく朝日を見つめていた。
この世界でも太陽が東から昇るのか、そもそもあれが本当に太陽なのか拓人は知らない。だがギフトの地図によれば、あちらの方角にドノカ村があることは間違いなかった。
周囲は見晴らしのいい草原で、雑草や木の葉が緩やかな風になびき時おり揺れている。
「穏やかな旅の始まり……って言うには色んなことがありすぎた気がするけど」
レジーはボンヘイに来てからの出来事を思い浮かべながら、うんざりしたように言った。
「お前さんたちにはずいぶん苦労をかけたのう……」
自らを犠牲にしてあるじのことを守ろうとしたレジー。
急に呼び出された非戦闘員でありながら、絶体絶命の状況を打開してくれたエレン。
拓人は、三人の功労者に感謝の意を込めた視線を送る。
「いいよ。あるじが悪いかって言われると、そうでもないし」
「どうかお気になさらず。あるじどののために尽くすことこそ、私たちの役目ですので!」
「まぁ、慣れない環境でよくやってると思うよ」
三人とも、変に気を遣った様子もなく
──そんな彼女たちにワシは──
「本当に申し訳ありませんでした」
拓人はしっかりと地に膝をつき、深々と土下座した。それはこの世界に来てからすぐに盗賊たちに向けてした反射的で衝動的なものとは違う、心の底からのしっかりとした謝罪だった。
「お、おやめくださいあるじどの! 一体何を……」
「
拓人は顔を上げないまま続ける。
「エレンも、記録を読んで知っているじゃろう」
「──ああ」
あまりにも醜く、
これに対するけじめをつけなければ、この先の旅で彼女たちとどんな喜びや悲しみを共有しても『あの時自分は……』という後ろめたさが残る……拓人は
「ボクも、ゴメン」
レジーが拓人に向き合う形で──彼女もまた土下座した。
「れ、レジーまで……一体どうしたというのです」
「あの時は、ボクも変になってた。叩いたりして、ゴメン。痛かったよね、
拓人の擦り傷はいつのまにかかさぶたになっていたが、それも昨日レジー自身が申し出て治してくれていた。おかげで跡さえ残っていない。
しかし、治療してくれたことそれ自体よりも、その大したこともない傷を覚えていてくれたことに、拓人は彼女の深い優しさを感じた。それに……。
「あの時、お前さんはワシの……傷なんかよりももっと大事なとこを治してくれた。むしろ感謝したいぐらいじゃ」
あの時、拓人の混乱した頭を落ち着かせてくれたのは間違いなくレジーだった。彼女が止めてくれなければ、自分と精霊たちとの間に修復不可能な亀裂ができていた……そう拓人は確信している。
「も、もともと、あるじどのにお怪我を負わせてしまったのは私です!」
そう言って、アンまで土下座し始める。
確かにその話は本当で、彼女がアイスキャロルと握手しようとしていた拓人に飛びかかったのが怪我の原因だった。
「アン、お前さんはあの時ワシを助けてくれたんじゃろう?」
思い返してみると、あの時拓人が握手に応じていれば彼の旅はそこで終わっていたかもしれない。一生、アイスキャロルの道具として使い潰される可能性だってあった。
「そ、そこまでお見通しだったのですね。ビットどの……いえ、ビットの言葉が引っかかっていて……それに何となく嫌な予感もしたので……申し訳ございません! なんなりと罰を!」
「いや、それは必要ない。お前さんのような仲間がいてくれて、ワシは幸せ者じゃ」
「……もったいなきお言葉!」
それから三人とも、頭を伏せたままでの沈黙が続いた。頭をあげるタイミングをみなが失ってしまっていたからだ。経緯を知らないと、とてつもなく不気味な光景をエレンだけが見下ろしている。
「……当方は、やらないからな?」
「……」
「……」
「……」
「……まぁ、一応……」
なんだか仲間はずれになるのが嫌だったので、謝ることもないはずのエレンまで土下座組に加わった。
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