第57話 老人と【七人の……】?

「──当方たちは本当に『いた』のか?」


 声を震わすエレンに対し、拓人は心に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。


「……どういう意味じゃ?」


「たぶん……ボクたちが『この世界に出現したと同時に生まれた存在かもしれない』ってことを言いたいんだと思う」


 代わりにレジーが返事した。


「それは……つまり……」


「以前の世界……私たちが『七人だけの世界』にいた時の記憶は、作られたもの……嘘かもしれない、ということですか?」


 拓人は『五分前仮説』という言葉を思い出した。うろ覚えだが、確か『世界も、自分の記憶も五分前に創造されたものである』と言った仮説だったはずだ。


 つまり、何もかもが五分前に精巧に作られたニセモノなのではないかという、ずいぶんとサミしいお話なのだ。自分と仲間の存在、経験、思い出さえも。


 拓人はこの仮説に対し『間違っているとは証明できないが、真実だと言える証拠もない』とテキトーに結論づけて、何となしに折り合いをつけていたが……今のアンたちは違う。いやに堂々とした『まっさらなページ』が、彼女たちの存在を揺るがそうとしている。


「……すまない。確証のないことを言って恐怖をあおるのは探偵としてあるまじきことだ。だけど、どうしても……怖く、て」


 誰かとこの問題を共有したかったのだろう。『活躍』をかてに自己肯定感をつちかっている彼女にとっては死活問題かもしれない。


 声を震わすエレンの様子を見て、拓人は気づく。


 彼女の精神年齢は外見とそう変わらないのではないか。クールに気取っていても本質は、か弱い幼女のそれなのではないか。


「謝る必要はありません。よく話してくれました、エレン」


「ま、何も言わないでビクビクされるほうがメンドくさいしね。調子狂っちゃうっていうかー」


 むしろ、アンとレジーのほうが妙に力強く、さっぱりした態度だった。


「貴君たちは平気なのか! ぜ、全部神が作った嘘かもしれないんだぞ!」


「……うーん、そんなこと言い出したらキリがありませんし、ねぇ」


 アンが言った。この幼女はたまに見せる無邪気もあれば、それに比べて妙に達観した一面も時々のぞかせる。


「それに、私にはあの思い出が嘘だとは思えません。もし仮に嘘だったとしても、それはそれでステキな贈り物としていただいておきましょう!」


 彼女の考えはポジティブすぎる。しかし、妙な説得力があった。


「な、なるほど。ありがとうアン」


 エレンはアンの意見を受け入れきれないようではあったが、それでも彼女の明るさそのものに少し元気をもらったようでもあった。


「ボクの意見は、アンみたいにロマンチックなのじゃないんだけどさ」


 レジーもまた、エレンの目を見据えて言う。


「ページがあったってことは、そこに何かが書かれてたってことじゃない? もし仮に『この世界に来てからボクたちが作られた』んだとしたらさ。それが1ページ目じゃないのはおかしいと思う」


「「あ」」


 目からウロコといった感じに、エレンとアンが声を上げた。拓人も一理ある、と頷く。


「それでもまだ疑わしい、って言うならボクも念押しとく」


 レジーは熱意のこもった視線をエレンに向ける。


「──ボクたちは『いた』よ。この世界に来る前から絶対に。嘘なもんか」


 彼女もまた、この姿こそが本性なのではないか、と拓人は思う。


 平時は何事もめんどくさそうな態度を取りながら、いざという時にはアンを助け、拓人に喝を入れ、エレンを勇気づけてくれる。本当はこの中の誰よりも面倒見がいいのかもしれない。


「……そうだ。そうだな。感謝する、アン、レジー」


 2人の表情を見返すエレンの顔には自信が戻っているように見えた。


「はい! 私たち【七人の女神セブン・ミューズ】の絆は、決して無かったことになどなりません!」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………それなんだが」


 なぜかエレンの表情にまた不穏な陰が差す。今度は不安、というよりも何か気まずそうにしてアンから目をそらす。


「こ、今度はいったいどうしたというんじゃ」


 繊細な話題が持ち出されていたために口を挟むことを躊躇ちゅうちょしていた拓人がやっと発言した。


「なぁ、タクト。我があるじよ。もう一度貴君のデータを開いてもいいかな。記録ではなく、能力のページだから恥ずかしい思いをすることは、もうないと思うのだが」


「あ、ああ、別に構わんが……」


 また理解が及ばないまま、とりあえず許可を出す。


 能力、というからには拓人が神からもらったスキル……そしてアンたち七人の総称である【七人の女神】の詳細が表示されるのだろう──そう、考えていた。


「心して、見てくれ。アンとレジーは特に」


 表示されたページは、ほとんど虫食いの状態になっていた。この点は驚くほどのことでもない。アイスキャロルの記録を見た時と同じ現象だ。


 むしろ拓人を驚かせたのは、虫食いになっていない、意味の理解できる箇所だった。


 それは【七人の女神】と本来書かれていなければいけない、拓人が持っているスキル名の箇所──そこにはこう書かれていた。






七人の小悪魔ザ・セブン・デッドリー・インプス






「は?」


 一番最初に声を上げたのは拓人だった。


「聞いとったスキル名と全然違うんじゃけど……ちゅーか、デッドリーって何ぞ⁉︎ デッドリーってデッド! デッドって死ぬってことじゃろ!ワシ死ぬのか? 知らんうちに代償に寿命とか吸われとるということか⁉︎」


「お、落ち着いてください、あるじどの! エレン、これは一体どういうことですか?」


 うろたえる拓人、それをなだめながらアンはエレンに問う。


「それは……」


「「「それは……?」」」


「それは!」


「「「……!」」」


「──まだ当方にも、ぜぇんぜんわからない」


 照れ笑いしながら、頭をかくエレンの姿に三人はずっこけた。

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