第55話 忘れたのかい?
「まさか、またこの宿に泊まることになるとはのう……」
拓人たちは木造の宿……もとい【
すっかり正気に戻ったウッデン・グレイトホテリアは、憑き物が落ちたといった様子で帰ってきた拓人たちに平謝りで応対した。
彼女もギフトとの戦闘で意識を失ったあと、あの『黒い石』を身につけていたことが発覚し、それを彼らに破壊されたそうだ。
一応ビットの魔術【
「虫も殺せん……といった感じの人じゃったな。あの人がワシらを襲ったとは到底信じられん」
床の上で、あぐらをかいている拓人は「うーむ」と唸る。
この世界に舞い降りてから疲労ばかりが積み重なった両肩は、壁から伸びた【絶対支配人】の触手に揉まれていた。昨夜の一件のお詫びです、と言わんばかりに繰り出される丁寧なマッサージはなかなかに心地が良い。
「ギフト君の記録を見た時に知ったことだが……操られていた時は、なかなか凶悪な性格をしていたようだ。宿泊客を盾にするような真似をしていたからね。ギフト君のおかげで彼ら彼女らは傷一つなかったらしいから、何よりだけど。……まぁ残っていたのは他の地方から来た旅行者だけで、元々ボンヘイの国民だった人間はコサックの魔術とともに消えたらしいが」
エレンは室内にあつらえられた木造の椅子に座って光の膜……【
腕まくりしながらもコートは着たままだが、帽子は机の上に置かれ、その
「ふむ」
エレンの黒髪は枝毛一つ見当たらず、足も意外に程良い肉付きで柔らかそうだ。当たり前だが、腕に注射針の跡など一つもない。
不健康だというイメージは、ただの偏見なのかもしれない、と拓人は一人反省した。
観察するような視線を受けてか、エレンは記録から目を外し、拓人のほうを見る。
「もしかして……貴君も触りたいのか?」
なんでもないような顔でそう言って、彼女は【絶対支配人】の触手にもませていた両足の指をワキワキと動かす。
「は……はぁ⁉︎ 違うわ!」
「別に構わないさ。当方はそれぐらいなら、別になんとも思わない」
「だから違うと言っとるじゃろうが!」
「……本当にいいのかい? 当方は口が堅い。仮に触られたとしても、そのことは誰にも言わないと誓おう」
「……」
「当方は
エレンは平然とした顔で言ってのける。
だが、この黒髪の幼女がなかなかの演技派であることは、アイスキャロルとのやり取りや先ほど街中で交わした会話を通して拓人は知っていた。
「……それでも、やめとく」
拓人は少し赤面しながら、彼女のまっすぐな瞳から視線をそらした。
「お、耐えた。でも、ちょっと考えたね」
「……やっぱり、からかっとったな」
「別に。当方は、いたって真剣さ。ただ、貴君もこの世界に来てから苦労していたみたいだからね。少しご褒美をあげたくなったんだ」
「……気持ちだけもらって……ん?」
拓人は今の、触る触らないのやり取りに妙な既視感を感じた。前にも同じようなことが無かったか。
「?……さて」
記憶を探るような拓人の顔を見てか、エレンは彼が何について考えているかを推理し始めたようだったが、その解答を待つ必要は無かった。
「エレン……お前さん、神様とはどう関係なんじゃ? 姿かたちが少し似とるようじゃが」
だが、仮に二人が姉妹だと言われても不思議とは思わないぐらいには似ていた。ただの思い過ごしかもしれないが、もしそこに何らかの秘密があるなら、聞いておいて損はないと考えたのだ。
エレンは拓人の言葉を受け、少し驚いたように一瞬小さく口を開けた後、
「……ふうん、ふうーん」
と、少しばかり頰を紅潮させながらもニマニマと笑みを浮かべた。意表を突かれたようではあるが、どうも後ろめたいことがある、といった反応ではない。
「……残念だけど、当方と神はまったく関係ないね。だって、ただ容姿が似ているだけなんだろ? 神の容姿がどのように決まるか……忘れたのかい?」
「容姿が……決まる……?」
その一言で、拓人は神の言葉を思い出した。
──僕は相対する人間の
「あっ……」
墓穴を掘った拓人の顔は、みるみるうちに熟れたトマトのごとく真っ赤になった。
まさか。そんな馬鹿な。戸惑う拓人にエレンはさらに追い討ちをかける。
「当方と神の容姿が似ているということは……」
エレンの動きを察知して、彼女の足元にあった触手は床に引っ込んだ。椅子から降りた黒髪の幼女はパーソナルスペースなどおかまいなし、と言ったふうに拓人に向かって歩み寄る。
「ちょ、ちょっと……」
壁際に追い詰められる拓人。
しかし、エレンはそれでも身体を、顔を近づけて、思わずかゆくなってしまうほど真っ直ぐな視線を拓人に向けながら言った。
「なるほど、つまり……当方は貴君の『タイプ』というわけだね?」
そうエレンは
「……?」
緊張が緩んだ拓人は、その場にへたり込んだ。小さな心臓はまだ
しかし、
残念なことに、その顔を見ることが叶わなかった拓人は、黒い長髪をなびかせた後ろ姿を見て、ただこう思うのだった。
またこれは心強い、そしてクセの強い仲間が増えたな、と。
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