第51話 『黒い石』の謎

「……ということか、ふむ」


 エレガンス・ホーティネスは【当方見聞録プライベート・ファイリング】で表示した上記のようなギフトの記録を自前の速読能力によって数秒で閲覧した。


「そして……仲間であるルナとビットから、探していた盗賊は倒したが、その後彼らを尋問しようとした際、潜んでいた刺客に思考力低下の魔術をかけられたこと。


 そのせいで、ある青年と深く考えずに握手し、それから先の記憶がひどくおぼろげだということを聞く……か。


 その青年というのはアイスキャロル・ドライプライドのことだろう。なるほど、当方たちと戦う前にそんな小細工をろうしていたとはね。


 それからは推理通り、手分けしてタクトたちを探していたところ、当方のメッセージを発見。事実ならもうけもの、罠なら罠でぶっ潰すという気持ちで天井をぶち破ってきた……うんうん! 思った通りだ!」


「……なぁ、タクトさん。この顔じゅう涙と鼻水まみれなのにブツブツ言いながら、妙に落ち着いてるこの精霊……拓人さんの仲間ってことでいいんだよな?」


 戸惑うようにエレガンス……エレンを指差すギフトに、拓人もまた戸惑うように──といってもこちらはギフトが急に王宮の天井をぶち破って登場したことに対する戸惑いだったが──答える。


「そ、そうです。さっき増えました」


「おいおい、人をワカメやプラナリアのように言うのはやめたまえ」


 アイスキャロル・ドライプライドもまた、その顔に動揺の色を浮かべながら、ギフトのほうを指差した。


「て……てめぇ……」


 なぜここに、と彼が言い終わらないうちにギフトは自分に向けて差された指を狙って発砲する。


 放たれた炎の勢いは、アイスが先ほど臣下に張らせた魔力障壁によっていくらか減衰され、ロウソクの火のように小さくなったが、確かにその指先に届いた。


「あっ! あぢいィィィィィィ!」


「下手に動くなよ。不審な動きは敵対行動と見なすぜ。素直に投降すれば、これ以上危害は加えねぇ」


「は、はは……ずいぶんとお優しいじゃねぇか……やれっ! 捕縛担当大臣!」


「はっ! 王のためにっ!」


 アイスの命令に合わせ、先ほどレオ王を縛り付けた青年臣下が今度はギフトに向かって縄を放り投げた。


「お優しい……ねぇ。アンタほどじゃねぇさ」


 ギフトは迫り来る縄と青年臣下の腰の辺りを狙いながら、目にも留まらぬ速さで今度は二度発砲した。


 縄はすぐさま灰になる。青年臣下は火が届く前に手を離したので火傷こそ負わなかったが、二発目の炎でベルトのバックルにはまっていた黒い宝石のような装飾を砕かれると、急に気を失ってその場に倒れた。


「この後に及んで、このギフト・サンフレア様を生け捕りにしよう、なんて考えているアンタほどじゃ……な」


「て、てめぇ! 『石』の秘密に気づいて……」


「い、一体何が……?」


「あの石が、アイスキャロルの魔術のからくりなんだ」


 一人だけ状況についていけない拓人に向けて、エレンが解説し始める。


「彼は握手することによって相手を洗脳する魔術を使える。少なくとも、この部屋にいる『臣下』というのは、ほとんどがそれによって洗脳された者なのだろう。もしかすれば、このボンヘイの国民全員をすでに洗脳しているのかもしれない……いや、のかもな」


「ぜ、全員? そんな馬鹿な話……」


 と言いかけたが、拓人は否定しきれなかった。あの怪物じみた腹……ウルトラレア・キッドナッピングの【伽藍堂の夢エンプティ・ジェイル】に喰われる直前、通りかかる人々から向けられた無感情な視線。


 機械のようにそろえられた「王のために」という言葉。洗脳されていたためだと説明されたほうがむしろ納得できる。


「そうか、だからか!」


 ギフトが襲いかかる臣下たちを倒しながら、何かに気づいたような声を上げた。


「拓人さんたちと道具屋で出会った時、オレ様は周りの人たちから妙に変質者扱いされていた! あれもテメェが人びとを操ってやったことなんだろ? なんかの企みの一部だったんだ!」


 なるほど、と拓人は得心いった。


 ──あのとき、ワシらとギフトさんは一触即発の状態じゃった。ワシが殺されてもおかしくないほどに。生きたままワシを捕らえて洗脳したいアイスキャロルは、そのために人々を操って過剰に騒ぎ立て──。


「いや、知んねぇし。てめぇに人望ないだけじゃね?」


「……」


「……」


 即座に否定したアイスの言葉を受け、拓人とギフトはほんの一瞬だけ呆然とした。


 拓人も、ギフトをフォローしようとしたが、普通に思い返してみると、どんな理由であれ「幼女に銃を向ける」という構図を作り出したギフトに反論の余地はない気がする。


 ギフトは臣下たちを倒すスピードを上げながら、アイスのほうをキッとにらみつけた。


「テメェだけはオレ様が、ぜってぇぶっ倒す!!!」


 ──そのセリフ、八つ当たり気味に吐いていいのか⁉︎


 と拓人は絶妙にダサいギフトに心の中で突っ込まざるを得なかった。


「だが、タクトの言う通りだ。国民全員を操る、なんて馬鹿な話なかなかあるもんじゃない」


 エレンはエレンで、何事も無かったかのように解説を続ける。


「魔術の世界はトレードオフ。【七人の女神とうほうたち】のような例外はあれど、基本的に1つの能力を欲張れば他の部分が割りを食う。握手という簡単な発動条件、ほぼ完璧に近い洗脳という効力……と、くれば持続力はそれほどない、というのが世の常だ。数分……いや、数十秒ももたないのが普通だろう」


「じ、じゃが、レオ王たちも他の人たちもワシらを襲うのをやめなかったぞ。今もそうじゃ」


「だから、あの『黒い石』が持続力を補う役目を担っているんだろう。彼の魔術は握手が洗脳の『スイッチ』で、あの石は洗脳状態を持続させるための『携帯用充電器モバイルバッテリー』なのだ。詳しい原理は不明だがね」


 それに……と順々に少しずつ襲いかかってくる臣下たちを倒していくギフトを見ながらエレンは続ける。


「一気に全員を精密に操ることはできないようだ。それが元々の性質なのか、今の彼自身の消耗が関係しているのかはわからないが……他にも弱点がきっと……」


「の、のう、エレン。そんなまどろっこしい推理をせずとも、お前さんの魔術を使えば良いのではないか? 相手の記録だけでなく、能力もわかるんじゃろ?」


 そんな拓人の正論を聞いて、エレンは大きくため息を吐いた。


「あのね、すぐに答えがわかっちゃつまらないじゃないか。謎は推理するからこそ魅力的なんだ。当方は、ただ物事を知るためだけに【当方見聞録プライベート・ファイリング】を身につけたのではない。あれは当方の推理の裏付け……答え合わせするためにあるのだ。ただ発動すればいいってもんじゃない」


「そうは言っても、今は緊急事態じゃ。アイスキャロルに他にも弱点があるなら、それをいち早く知り、ギフトさんに教えて手助けしなければ……」


「チッ! 仕方がない。ロマンのわからんやつだ」


 そう悪態つきながらもエレンは光の膜を出し「えーっと、なになに」と呟きながら目を通す。すると彼女の表情はみるみるうちに青ざめた。


「な、なんだ、これは……どういうことだ? 『虫食い』になっているぞッ!」


 その声に驚き、拓人も光の膜を覗き込む。


 書き記されている文字は日本語ではない。しかし神からもらった『言語理解』のスキルのおかげだろう、個々の単語や一部の文節は問題なく読める。


 しかし、意味ある情報としてきっちり理解できる部分は少ない。なぜなら、文のところどころにテストの穴埋め問題のような空欄くうらんがあるからだ。たとえば、


『アイスキャロル・ドライプライドは隠し球を持っている。それは、( ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ )だ』


 と言った風に。


「なぜこんなことになっている……? アイスキャロルヤツが臣下に張らせた魔力障壁の影響か? いや……いかなる状況においても、今まで【当方見聞録】がこんな風になったことはなかった……問題は当方自身にあるというのか? ふ、ふふ、それはそれで推理する楽しみが増えるってもんじゃないか……!」


 エレンの能力の異常も、なぜかそれを喜んでいるエレン自身も問題だったが……。


「今はそれよりも、この記述が問題じゃ! 気をつけろギフトさん! ヤツはまだ何か奥の手を持っているッ!」


「何⁉︎」


 拓人の言葉がギフトの耳に届いたころには、アイスはすでに不敵な笑みを浮かべていた。


「おっっっせェェェんだよぉぉぉ!!!」

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