第50話 インペリアル・モスキート②

「ふぅー……」


 触手がほどけ、各々おのおのもとの場所へと戻って行く。廊下の奥に一階へ降りる階段が出現したのを見て、ギフトは【鎧】を解除しながらほっ、と一息ついた。


「これでとりあえず脱出できるな……さて、早いとこタクトさんたちを探さねぇと」


 とは言うものの、先ほどウッデンが言っていたように外はすでに明るくなり始めている。すでに拓人たちは洗脳された後ではないだろうか、という懸念けねんはどうしてもある。


「いや、考えたって仕方ねぇことだ。とりあえず、行き当たりばったりにでも探して……」


 そう言いかけてギフトは妙な気配を感じ、一階へ降りる階段のほうを改めて見る。


 階段を上がってギフトに向かってくるのは、彼の仲間だった。


「やぁ、ギフト。調子はどうだい?」


 青い髪で白衣風の衣装をまといながら、上司であるはずのギフトに対し、軽い口調で話しかける少年がビット。


「しぶとく生き残っているようで何よりです。馬鹿野郎」


 黒のワンピースと白いエプロンドレスを身につけてたメイドのような服装で、辛辣しんらつな言葉を吐く女性がルナという。


 彼らは、拓人たちがうっかりほったらかしにしていた盗賊二人の消息を追うために調査を行なっていたはずだ。


「なんだお前らか、おどかすなよー……」


 と、ため息まじりに言いながらギフトは──。






 一切の躊躇ちゅうちょなく【銃】を発動し、二人を撃った。






「……ッ!」


「ギフト……なぜ……?」


「なぜって……オメーらが操られてるからだよ」


 気づいた理由は四つ、とギフトは話し出す。


「一つ目、オメーらがオレのところに来るのが早すぎる」


 ギフトは銃を握っていない左手の人差し指をピンと立て、二人に見せつける。


「女将さんの【絶対支配人ホテル・ドミネイター】……宿にもともとあった階段、つまり今オメーらが今登ってきたやつを跡形もなく消しちまうほどの魔術だ。宿の入り口を失くしちまうことぐらいも造作なかったろう……いや、実際そうしていたんだろうぜ。なのにオメーらは何の障害もなかった、って感じの堂々とした様子で階段を上がってきた。オメーらは物を破壊するタイプの魔術師じゃねぇし、百歩譲って宿の壁を破壊してきたとしても、その音をオレ様が聞き逃すはずがないしな」


 そう言ってギフトは先ほどウッデンが見ていた窓から、外の景色に目を向ける。


「やっぱりな。ここからなら、宿の入り口がよく見える。さっき女将さんがここから外を覗いてたのは、夜明けが近いことを確認するためじゃねぇ。オメーらが来ているか、そしてしっかり洗脳されているか、を確認していたんだ」


 そして迎え入れた、とギフトは放心しているかのように動きを止めている二人に向き直る。そして、続けて中指を立てて見せる。


「二つ目、オメーらのまとう魔力に妙な『淀み』のようなものが見えた。かなり巧妙に隠していたようだが普段、チームとして一緒にいるオレ様だからな。魔力感知がいくら下手くそだからって、ソレに気付かんのは流石にナシだ。きっと、女将さんもその『淀み』を目印にオメーらが操られているか、否かを判断したんだ」


 三つ目、ギフトは薬指を立てる。


「さっきまで味方でいたはずの【軍蚊静勝インペリアル・モスキート】がオレ様の首筋に忍び寄っていやがった。心の中で命令を出したんだろ、ビット。お前がさっき近づいてきたからだな……今のお前と【蚊】の位置は五メートルよりも短い」


 そう言いながら、ギフトは自分の首の近くで戸惑うように飛んでいる【軍蚊静勝】を三本指のまま指した。もう一方の手では、まだルナとビットに銃口を向けている。


「そして最後に」


 小指を立てる。


「ルナが魔術を使っていなかったからだ」


 ギフトは虚ろな目をしているルナのほうを警戒するように──けれども案じるように見やった。


「そうじゃなけりゃ、ハッキシ言ってオレ様はやられてたかもしれねぇ。ルナの魔術を使えばオレ様への奇襲は、ほとんど完全に成功していただろうからだ」


 どうして、ルナは操られていたのに魔術を使わなかったのか。二人はギフトを倒すために洗脳され、ここに送り込まれたと見て間違いなかった。なのに、なぜ『ルナの魔術を発動してからギフトを襲う』という確実な手段をとらなかったのか?


 その疑問は『王』の能力の謎につながるとギフトは確信していたし、それに対する大まかな答えもすでに導き出していた。


 ──それよか問題なのは、この状況だぜ!


 もちろん、ギフトは銃撃によって二人に致命傷を与えたわけではない。むしろ、その逆だ。魔力の『淀み』以外の二人の全てを出来るだけ傷つけないように細心の注意を払った。


 『淀み』は消しとばした。二人とも服が少し燃えただけで、命に別状はない。だが、二人が元に戻るという保証はどこにもないのだ。


 ──なによりまずいのは、オレ様自身の心が『コイツらになら負けちまってもいいかも』と半分納得しかけていることだ。最悪、コイツらを殺してでも王を捕まえに行く……それがどう考えても一番正しい。王が野放しになるだけでもまずいのに、オレ様が殺されたり、洗脳されちまったりした場合、そのシワ寄せがどれほどの人々に影響するのか……考えたくもねぇことだ。


「だが、それでも……」


 ──コイツらは殺したくない。害したくない。さっきは、こうすれば洗脳が解けるかもしれないという一縷いちるの希望があった。だから、なんの迷いもなく撃てた。果たして、さっきの一撃をもってしても洗脳が解けていなかったとしたら……オレ様はもう一度引き金を引けるだろうか……もう一度攻撃できるだろうか?


 ゆらり。ルナの体が突然揺らめいて、ギフトのほうに駆け寄ってきた。考えごとをしているうちに少し下がっていた銃を構え直す。だが、ギフトは撃てない。


 ──やっぱ、ダメだわ。オレ様、ここで──


 そこまで考えたところで、ギフトはルナに抱きつかれた。両手で胴体どうたいを抱くようにして。


 抱きつかれた拍子に何らかの攻撃を受けたような感覚もない。


 上目遣いでこちらを見るルナの表情がいつも通り見慣れたものであることを確認して、やっと緊張が解けたギフトは【銃】を解除した。


「んだよ、久々に


「別に……」


「見た目だけなら、親子ぐらい違うけどね。キミたち」


 ビットのほうも、びっしょり汗をかいて消耗していたが、正気を取り戻しているようだった。その証拠に彼の【軍蚊静勝】は解除され、例の【蚊】の姿は消えていた。


「で、何があったんだよ?」


「まずは、これを見てほしい。一番大事なのは、これなんだ」


 そう言ってビットは自分の服の焼け焦げたところ……すなわち先ほどギフトが撃った場所から、割れた石のようなものを取り出した。


 それは、おそらくギフトの銃撃によって破壊されたのだろう。砕けたせいで本来の輝きは失われているのだろうが、それらのカケラ一つ一つには腕の良い宝石職人が丁寧に研磨したかのような見事なつやと、それとはいささかミスマッチな陰湿じみた魔力の残滓ざんしが確かにあった。

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