第21話 ホテル・ドミネイター② Guest room 204

「できれば、なるべくアンが死なないようにして欲しいんだ。ボクは別に何回死んでもいいけど」


 冗談を言っている風でもないレジーの表情に、拓人は緊張しながら疑問をていする。


「……どういうことかの?」


「復活できるって言っても、精霊は痛みも恐怖も感じるからね」


「それは……」


 お前さんも同じではないのか。拓人がそう問うと、レジーはどこか寂しげな微笑みを見せた。


「違うんだよ。アンの痛みとボクの痛みは。真面目でバカなヤツは考えることも無駄に多いし、いつだって重い荷物を背負しょってるんだ。難しいこと考えずに気楽にやってるボクとは大違い」


 ──だから、お願い。


 レジーはそれまで見せたことの無い懇願こんがんするような表情で言った。


「アンを死なせないで……」


「もちろんじゃ!」


 拓人はレジーの言葉に、間髪かんはつ入れずに返事をする。


「じゃが、レジーのことも死なせんぞ。まぁ、ワシは、まだ魔術での戦いとかよくわからんが……必ず成長してみせる」


 任せろと言わんばかりに、拓人は拳でポンと自分の胸を叩いた。


「なぜならワシは元ジジイ。老化は絶え間なくしたが、成長など無くて久しい身……なればこそ! 成長に対しては実に貪欲じゃ!」


 ──生前、守るべきものを持たなかった自分にこのような運命が巡ってきたのは何の因果か、それともこれも神の仕組んだことか。どちらにしろ、ワシのやることは決まっている。


「ワシは、守るぞ。アンもレジーも。まだ見ぬ5人の友人も」


 きっとレジーがここまで言うからには、何かしらの事情があるのだろう。そして、それはまだ話してもらえないことなのだろう。拓人はそう感じ取っていた。


 なぜなら、レジーは「なぜ、そうして欲しいのか」ということを結局教えてくれていない。アンとは仲良しだから、ということで説明をつけてもいいのかもしれないが、それにしても彼女の表情は、あまりにも切実だった。


「じゃから、もし何か事情があるのなら」


 今は聞けない。レジーの様子ははかなげで、今の話をしただけでも精神的に疲弊ひへいしている様子が拓人には見て取れた。だから──。


「──それを笑って話せる日が来たら、聞かしとくれ」


「うん、わかった。ありがとう、あるじ」


 拓人とレジーは笑い合う。互いに、初めて相手の本当の笑顔を見たような気分になった。


「……でも、守るって言ってもあるじは前線にでちゃダメだからね。もしあるじが死んだら、ボクらだって復活できないんだから」


「えっ」


「えっ、じゃないよ。当たり前。だって、あるじが【七人の女神セブン・ミューズ】の術者なんだもん。そうなったら、ボクたちまとめて神様のところへ逆戻り」


「……うーん、当たり前のことじゃが、強くなるにしても『どう言った風に強くなるか』ということは、しっかり考えんといかんな」


 アンやレジーを守るために防御寄りの魔術を会得するか、それとも二人に頼らず敵を倒せるよう攻撃寄りの魔術を会得するか、拓人には悩ましい問題だった。


「それより、残りの五人を呼び出す方法を探したほうがいいんじゃないかな。誰が来たとしてもそれなりに役に立つし、単純に人数が増えるだけでも戦闘の安定性は、かなり上がると思う」


「確かにそうじゃが、それに関しては今のところ手がかりすらないからのう。いま動ける戦力であるワシ自身の力を伸ばしたほうが有意義ではないか?」


「それは一理あるけど……」


 二人は議論に詰まってしばらく黙り込んだ。数十秒間、部屋にはアンが浴びているはずのシャワーの音だけが静かに響いていた。


「……ねえ」


「どうした、何か思いついたかの?」


「そうじゃなくて、アンのことだよ。何かおかしくない?」


「何か、というと?」


「ずっとシャワーの音だけがしてる。頭や身体を洗う時とか止めてもおかしくないのに」


「そうかのう? 身体はともかく、頭を洗う時は止めんじゃろ。流すまでの間は、シャワーは体に当てとけば良いだけじゃし」


「それは、あるじが大人だった時の話でしょ。ボクたちは身長低いから、シャワー止めとかないと泡立てる前にシャンプー流れちゃうんだよ」


 なるほど、そういうこともあるのか、と拓人は小さくなった身体の不便さを改めて知った。


「じゃあ、まだ身体を洗ってないんじゃろ。しばらく、ただシャワーを浴びていたい時だってワシにもある」


「でも、あのアンだよ? あるじに気をつかって、さっさと出てくるのが普通だと思うけど」


 拓人も、そう言われればそういう気がしてくる。


「やっぱり心配だ。様子をのぞきに行こう」


「今『覗きに行こう』って言わんかったか?」


  『見に行こう』ではなく。


「レジー……お前さん、それらしい理由をつけてアンの風呂を覗きたいだけではないか?」


「失敬な。ボクはアンが心配なだけだ」


「アンに背負われとった時も、首筋の匂いいどったし」


 レジーに変態的な部分があることについて、拓人はすでに承知していた。彼女は少し顔を赤らめながら、自説を続ける。


「そ、それは今関係ない。とにかく、ボクはアンが心配なんだ。もしかしたら、誰かにおそわれてるのかも」


「誰かとは誰じゃ? この部屋には、ワシらしかおらんのに」


「わからないよ。壁を通り抜ける魔術の使い手とかがいても不思議じゃない」


 レジーが言うとおり、壁抜けの魔術なんてものは、いかにもありそうだ。だが、そう考えるとキリがなくなる。拓人は戦慄せんりつを覚えた。この世界において真の意味で安全な場所など、どこにもないのではないだろうか。


「じゃ、じゃが、襲われていたら叫び声くらい上げるじゃろう」


「……口を塞がれてるのかも」


 いよいよ拓人もレジーのペースに乗せられ、少し心配になってきた。シャワーの音は続いている。


「ボクの予想が当たってるなら、事態は一刻を争う。あるじもついてきて」


「え、ええー、ワシもか?」


 しかし、心配になってきたと言っても本当に少し、である。まだ、単に覗き魔になってしまうのではないか、という気持ちのほうが大きい。


「これってアレじゃろ。ワシらの心配は、実は杞憂きゆうで『キャー! あるじどののエッチ!』とか言われてボコボコにされるアレ」


「されないよ。アンはあるじに甘いし、ちゃんとした理由もある。あるじも賛同した覗きなら、ボクもどさくさに紛れて許してもらえるだろうし」


「やっぱりお前さん、ただ覗きたいだけでは……わぷっ」


「つべこべ言わずに、行くよ」


 拓人はレジーが出現させたシャボン玉に、ちゅるん、と吸い込まれ強制連行された。

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