第20話 ホテル・ドミネイター① Entrance

 拓人たちの宿代はギフトが持ってくれた。この世界に来たばかりで手持ちも少ないだろう、という彼なりの配慮である。


 盗賊から金を奪ったことはギフトには言いそびれていたので、道具屋に支払った金も道ばたに落ちていたものをせこせこ集めたものだと思ってくれているらしい。背伸びしないとカウンターに届かない一行の代わりに、台帳に名前を書いてくれるという親切ぶりだった。


『戸籍もないだろうし、テキトーに偽名でも書いとくぜ』


 というのは、宿に入る前のギフトの言葉である。


 彼が手続きをしている間、拓人は手持ち無沙汰ぶさたで辺りに視線をさまよわせていた。


 宿の主人らしき、ふくよかな中年女性とやたら目が合う。彼女の話し相手は手続きをしているギフトのはずなのに。


 宿泊客が急に幼女を三人も引き連れて帰ってきたら不審がるのは当たり前かもしれないが、そういった様子とも違って、何か品定めをされているような印象がぬぐいきれなかった。


 手続きを済ませ、みんなして二階に上がった。階段を上がりきると長い廊下の左側の壁に客室の扉が並んでいる。ギフトたちの部屋は階段を上がったところから見て三つ目の扉、拓人たちの部屋はその右隣だった。


「仕事上、見られちゃマズイもんもあるから、仕方なく別の部屋に泊まってもらう。けど、なんかあったらすぐ呼べよ。ソッコー助けに行くぜ」


 ギフトのひそめた声に拓人たちが頷くと、それぞれ自身の部屋へ入った。




「ふぅー」


「疲れた」


 拓人とレジーは、ほとんど同時にベッドにゆっくり倒れこみ、その優しい感触に身を委ねた。外観を見た時には『そう高くはなさそうだ』と感じたが、やはり宿は宿。ベッドメイキングは、しっかりとしている。


 宿の設計者は木に対して並々ならぬこだわりがあるのだろう。床や壁、そしてテーブルや椅子のみならず、その他いくつかの調度品までもが木製だった。


「いいね。最高。ずっと寝てたい」


 レジーと顔を見合わせながら、拓人もその怠惰たいだな意見に首肯しゅこうする。


「一時期、寝たきり老人になりかけた時は横になるという行為に恐怖を感じることもあったが……今は、その心配もないからのう。疲れた体を心配なく寝かせられるわい。若いって、いいな」


 身体の小さい二人が寝っ転がっても、大人一人分のベッドはまだまだ余裕がある。三人寝てやっと横幅いっぱいになるか、ならないかといったところだ。


「レジー! あるじどのまで! 外から帰ってきてすぐ横になって……まだお風呂にも入ってないのに!」


「お風呂に入る必要があるのはアンだけじゃないの? ボクたちはギフトと戦ってた時、ほとんどシャボン玉の中にいたから土の汚れはないし、汗もかいてないから。ねぇ、あるじ」


 実を言うと拓人は汗もかいているし、転生した時点ではワンピース以外何も身につけていない状態で歩き回ったうえ、一度失禁までしているので汚れていないわけがない。


 しかし、拓人は「そんなことはない」と反論するよりも先に、猫撫ねこなで声でニコニコと微笑みかけるレジーに違和感を抱いた。この部屋に入るまでは終始半目がちで不機嫌な印象さえあったのに、今その表情は見る影もないほどに柔らかい。


「レジー、なんか性格変わっとりゃせんか?」


「あるじどの、これもレジーの素の顔ですよ」


 アンはちょっぴりねたような調子で答えた。


「自分がなまけられる時は機嫌が良くなるんですよ。本当に勝手な性格」


「ボクはいいからさ。先にお風呂入っておいでよ」


「言われなくても! ……あるじどのはいかがされますか?」


「ワシも、少し休んでから入ることにするよ。アンほど動いたわけではないが、身体的にも精神的にも疲れた」


「左様ですか。では、僭越せんえつながら一番風呂をいただきます」


 そう言って、アンは部屋の奥の扉に消えていった。その先が風呂と繋がった脱衣所であることは、受付で女将から聞いている。


「ねぇ、あるじ」


 アンの姿が見えなくなった後、レジーはもう一度言った。しかし、それは先ほどの緩んだ声色ではない。表情も心なしか真剣に見える。


「どうかしたのか? そんな顔して」


「さっきの精霊は死なないとかいう話だけど……」


 レジーのなんだが神妙な調子に、深刻な話なのかと拓人も不安になってくる。


「なに、やっぱり死ぬのか」


「いや、それについては大丈夫だと思う。死ぬといえば死ぬけど、ギフトが言ったみたいに魔力があれば復活できる。ボクたちだって曲がりなりにも精霊だし、他の精霊と同じルールが適応されるはず」


「そうか」


 とりあえず、その言葉を聞いて安堵あんどする。


「では、何の話なんじゃ」


 意を決したように、レジーは一息吸ってから言った。


「できれば、なるべくアンが死なないようにして欲しいんだ。ボクは別に何回死んでもいいけど」

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