第3章 老人と絶望
第19話 反省と精霊
すでに陽は落ちていた。三人横並びになっている拓人一行は、先頭を歩くギフトを頼りに暗くなった街中を進んでいる。【手甲】から出されるランプのように穏やかな炎は、夜道を歩くのに最適だった。
「ひどいではないですか、レジー!」
「ひどいのはそっち。ボクの言うこと全然聞こえてなかったじゃん」
果たして仲が良いのか悪いのか。レジーと、ようやく頭がハッキリしてきたアンは口論を始めている。原因はレジーがアンを気絶させたことだ。
「ワシから見ても、今回はアンに非があると思う」
「あるじどのまで⁉︎」
右側を歩くアンに涙のにじんだ視線を向けられ、拓人は少し戸惑った。だが、ここでしっかり言っておかないと本人のためにならない。そう思い、話を続ける。
「ギフトさんの気持ちに応えるため、全力を発揮しようとしたのはわかる。じゃが、それでレジーの言葉が聞こえなくなってしまうのでは、いかん。熱くなって周りが見えなくなるのは、ちょっとばかし危ないぞ」
左隣のレジーは腕を組みながら、便乗するようにウンウンと頷いていた。
「申し訳ありません……」
アンは本当に申し訳なさそうに、目を伏せた。反省は重要だが、気にしすぎるのもまた良くない。そう考えた拓人は、鎧で包まれたアンの肩に優しく手を置いた。
「落ち込まんでいいさ。次の機会に気をつければ良いんじゃ。次がダメならその次、その次がダメならそのまた次、と少しずつ成長すれば問題ナシ!」
「オレ様も、その意見賛成」
ギフトはそう言いながら、ランプがわりにしているのとは反対の手を軽く挙げる。
「人間も精霊も、すぐに直らんことのほうが多いもんよ。だが、そのことを自分で認識して、ちょっとずつの改善や成長の積み重ねていきゃあ、大抵のことはいつか直る……あーあ、オレ様の上司もタクトさんみたいに気の長い人間ばっかりなら、もっと楽なんだけどなぁ」
「あるじどの……ギフトどの……」
新たな涙がこぼれ落ちる。だが、もうそれは自分を責めたがゆえの痛みの結晶ではない。
「ありがとうございます。
晴れた笑顔を見せるアンの目に光っているのは、嬉し涙だった。
「……」
その無邪気で幸せそうな顔を見て、拓人の胸がちくりと痛む。
「? いかがされましたか、あるじどの」
「いやワシも偉そうに説教垂れた反面、役に立ってないな……と」
自分は、ただ闘いを見ていただけで何もしていない。むしろ、足手まといになっているのではないか。そういった思いが、拓人の中で晴れない。いくら精霊とは言っても、孫娘でもおかしくない見た目の幼女に闘いを任せるのは、どうしても負い目を感じてしまう。
「そんなことはありません! 私たちは、あるじどのから頂いている魔力のおかげで存在できているのですから!」
「そこに関してはその通り。ボクもあるじを責める気にはなれない」
アンだけではなくレジーまでもが、わざわざ言葉を発して否定してくれた。
「ワシ、魔力なんてあげとる自覚ないけど」
「自覚が無くとも精霊術師ってのは、そんなもんさ」
拓人の疑問に、ギフトが応じる。
「精霊術師?」
「そう。言葉通り、魔力を使って精霊を呼び出すヤツのことだ。精霊はこの世界に現界している間、術者の魔力を食い続ける。術者の魔力が足りなくなったり、なんらかの要因で精霊が機能停止に陥ったりした場合は一旦消滅して、再現界するための魔力が用意されるまで休眠状態になっちまう」
まあ要するにだな、とギフトは話を簡潔にまとめる。
「自覚が無くともアンさんやレジーさんがこの世にいる以上、タクトさんは二人の役に立ってんだ」
「ギフトどの。私のことはアンで構いませんよ」
「ボクもレジーでいい。さん付けは……なんか、むずむずする」
アンは壁を感じさせない明るい笑顔で、レジーは少し照れながら、軽く抗議するような口調で言った。
「おう、ありがとよ。じゃあ、今度からはそう呼ばせてもらうぜ」
「はあ……機能停止、消滅、休眠……それは大丈夫なのですか⁉︎」
ギフトの説明が
「……さあ?」
「さあ、って!」
「そう心配することもないんじゃねえかなぁ。オレ様の上司にも精霊術師がいるが、ソイツの精霊どもは首飛ぼうが、塵になろうが次の日にゃ平然としてるぞ」
「うーん……」
それなら大丈夫……なのだろうか?
「……以前、神様が言っていたのですが」
と、拓人の精霊であるアン自身が口を開く。
「もし、人間なら絶命する傷や病を受けても私たちならギフトどのの説明通り、休眠状態になるものの死亡することはないそうです」
「でも言っとったのは、あの神様なんじゃろ?」
「ええ、あの神様です……」
拓人が聞き返すと、アンはちょっぴり自信がなくなった様子でそう返した。
「……と、ともかく、ワシら死なないように気をつけんとな! いのちだいじに!」
「そ、そうですね!」
「生き残れるよう頑張るぞ! 「「おー!」」
拓人の掛け声に声を合わせてくれたのはアンだけで、レジーは何か他のことを考えているような表情で聞き流している様子だった。
「だな。オレ様もドジ踏んで死んだりしないように気をつけねえと……おっ、着いたぞ。ここだ」
ギフトが立ち止まるのに合わせて、拓人たちはその建物を見上げた。
小さくなった体では、二階建ての建物も巨大に感じる。そびえ立っているという表現がふさわしい。
その宿は、これといった装飾もない素朴な木造のものだった。だが、その飾り気の無さのせいか夜に見るそれは、ある種不気味な威容を放っていたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます