第18話 向かうべき場所、おかしなこと、そしてひとつ警告を②

「へえ」


 ビットが思わず感心したように声を漏らし、ルナも拓人の体をまさぐる手を一瞬止めた。


「だって変じゃろう? ワシらはギフトさんたちに会うまで、しばらく人通りの多い市街地を歩いとった。道具屋の主人とは平然と話までしましたぞ? なのにワシらを見て騒ぎ立てたのは、ギフトさん以外におらん。それっておかしくないかの?」


 拓人たちはギフトに大量殺戮目的のテロリストに間違われたのだ。拓人たちから漏れ出ていた魔力量というのは相当なものだったのだろう。


「だのになぜ、この国の人たちは恐れない? 逃げ惑わない? 命を奪いかねない脅威がすぐそこにいたというのに」


「なるほどね」


 今度はビットが深刻な表情をしながら、うなずく番だった。


「いや、ぼくもそのあたりの事情は今知ったんだ。ルナは知ってた?」


「いえ、わたしが見たのは馬鹿野郎ギフトがタクトさんたちを制圧していた場面からだったので全然……」


「そうか……うん。タクトさんの言う通りだよ。よほど特別な事情でもない限り、死ぬかも知れない状況で逃げないなんて、人間的どころか生物的ですらない」


「妙だとは思ったんじゃ。この国の人たちはワシらに動じない。ならドノカ村とやらを訪れるまでもなく、この国で暮らせばよい。なのにビットさんとルナさんは、それを勧めなかった……」


 幼女の可憐な顔に、年季の入った老人の面影残る神妙な表情を浮かべながら拓人は核心に迫る。


「とゆーことはだのォ、このボンヘイという国には何かワシらが暮らすに適さぬ事情やら、いわくやらがあるのではないか……そう思いましてな」


 鋭い視線を向ける拓人に対し、ビットは素直に認めた。


「その通りだよ、タクトさん。この国には、いくつかキナ臭いうわさがあった。でも、あなたの話を聞いてそれが確信に変わった」


「それは一体、どんな……」


「知らないほうがいい。そのほうがシラを切りやすいから。宿はぼくたちの隣の部屋を頼んでおくよ。何かあれば叫ぶなり暴れるなりして。すぐに助けに行く」


 拓人もレジーもビットの穏やかならぬ発言に身構える。


「なっ、そんなに治安悪いのかこの国!」


「まぁ、それもそうか。近くの森に昼間っから盗賊が出るくらい……」


「今、なんて? 昼間に盗賊?」


 レジーの発言に、ビットは眉根を上げた。


「うわっ、完全に忘れとった!あやつら、もう動けるようになって……」


「いてもおかしくない。この国に入るちょっと前からずっとほったらかしだったし」


「その話、ちょっと詳しく」


 拓人はこの異世界に来て直後のことを簡潔に話した。先ほどギフトに身の上話をした時には、神とのやりとりやアンたちの現状について語っただけであったので、盗賊の話はビットたちにとって初耳だった。


「んー、あれ、オレ様……?」


「ふぁ……」


 もごもご言いながら、隣のベンチにいるギフトがやっと目を覚ました。彼の腹の上で寝ていたアンも、土台の身じろぎに反応して目をこすりながら身体を起こす。


「ベストタイミングだよ、ギフト。起き抜けの頭で悪いが聞いてくれ」


 ビットは目を覚ましたばかりのギフトのほうを向いて、語りかける。


「色々と状況が変わった。今から、ぼくとルナは周辺の状況を緊急調査する。不審なヤツが二人ほどいるかもしれないんだ。ギフトは、タクトさんたちを宿まで連れて行って。部屋はぼくたちの隣がいい。ぼくとルナが戻るまで三人の護衛は頼むよ。死んでも守ってくれ」


 起きたばっかりで矢継ぎ早なビットの言葉を飲み込めるのだろうか、と拓人とレジーは心配になった。実際、アンのほうは喋るビットとルナに抱えられながらセクハラされている拓人を交互に見て混乱している様子だ。


 だが、それとは対照的にギフトの表情はすぐに引き締まった。


「……何か掴んだんだな?」


「タクトさんたちの話を聞いて多少ね。この国の王様はクロだ。八割方ね」


「じゃあ、あとはそれを十割にする証拠を掴むか、決定的な場面を押さえてふん縛るか、ってわけか」


「そういうコト。これから行う調査も裏取りの一部さ。だから、タクトさんたちのことはキミにお願いね」


「……その調査ってのは、オメーら二人で大丈夫なのかよ?」


「わかりませんか? 一番の戦力に、一番重要な任務を任せているのですよ」


 ルナは拓人を膝から地面にそっと下ろしてから、立ち上がる。


「タクトさんたちが奪われれば、わたしたちの仕事はさらに達成困難になります。それは馬鹿野郎ギフトの脳みそでも理解できますよね?」


「……オーケイ。晩御飯までには帰ってこいよ」


「アイアイ、ボス。ああ、そうだタクトさんたち」

 歩き出すルナの後を追おうと立ち上がったビットが、思い出したように言った。



「──ひとつ警告を。この国にいるうちは誰とも握手しないで。頼まれても、何をされても、絶対に断って。いいね?」

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