第17話 向かうべき場所、おかしなこと、そしてひとつ警告を①

 戦いは中断された。すでに陽は傾き、広場にはオレンジ色の光が射している。ギフトはベンチに、アンはギフトの上に横たえられたまま気を失っていた。


「なるほど、いいですね。柔らかい。ほっぺたがフニフニしてます」


「う、うにゅ〜〜☆ あ、あんまり触らんで欲しいのう」


 ルナとビットは、もう一つのベンチに二人で座っていた。座るスペースのない拓人はルナの膝の上でなにやら、つままれたり揉まれたりしている。


「申し訳ございません。つい、手慰みに」


「とか、言いながら手が止まる気配がまったくないんじゃけれども⁉︎」


「よいではないですか。よいではないですか」


「あっ、あー!」


 レジーは相変わらずシャボン玉の中で寝そべりながら、元80手前のジジイが「うにゅ〜〜☆」とか言っている様子をなかばシラけた目で見つめていた。


「きみもどう? ぼくの膝で良ければ貸すけれど」


 ビットはレジーを招こうと、自身の膝をポンポンとはたく。


「それはご遠慮。間に合ってます。あんな風にされても困る」


 レジーの視線の先にはルナにされるがまま、まさぐられるがままの拓人がいた。死んだ魚のような目をしている彼の口元には、またしてもだらしないヨダレが下品に光っている。


「残念だな。ぼくも触診したかったのに」


「……えっち、ヘンタイ、乙女の敵」


 レジーは顔を赤らめ、反射的に胸のあたりを手で隠しながら身構えた。


「違う違う。きみという高性能な精霊のヒミツがなにかしらわかるかな、って」


「? 触ればわかる? そーゆー能力?」


「いや? ただ、触らないよりかは触ったほうが得られる情報が多いでしょ」


 やっぱヘンタイじゃん、なんでそーなるのさー、という二人のやり取りを特に気にすることもなくルナはマイペースに尋ねた。


「ところで、あなたがたがおっしゃっていた残りの三つの頼みごととは何ですか? うちの馬鹿野郎ボスは寝てしまいましたが、わたくしどもにもお力になれることでしたら、どうぞなんなりと」


「そ、それなんじゃが、一つ追加してもよろしいですかな?」


「構いませんよ。触るのをやめて欲しい、以外のことなら」


「あ、やっぱいいです……」


 まあ、どちらにしろ触られる感覚にも慣れてきたところである。拓人は観念して、されるがままに本題に入った。


「まず一つ目。ワシらでも暮らしていけるような場所があれば教えていただきたいのですが……」


 もともと拓人たちが人里を探していたのは、生活拠点を持つためであった。せめて、屋根のあるところで眠りたい。


「んー、暮らしていける場所かぁ……」


 ビットが目をつむって考え込む様子を見ると、やはり難題のようだ。


「と、とりあえず一時的に雨風をしのげるところでも良いんじゃが……」


「そう言われてもなぁ」


「ドノカ村はどうです?」


 拓人をもてあそぶ手を止めることなく、ルナが口を挟む。


「ああ、確かここから近いっけ。でもあそこって……」


「はぐれ者の集まりのあそこだからこそ、良いのです。今はカムダールさんが治められているそうですから、治安もそこまでひどくないでしょう」


「カムダールさん?」


 拓人が無邪気な幼女のようにルナの言葉を復唱した。


馬鹿野郎ギフトの元同僚のかたです。ドノカ村に若隠居されてて、馬鹿野郎ギフトいわく『基本的に面倒くさがりだが、根はいいヤツだから友達になっといて損はない』かただそうで」


「まあ、ぼくたちはあんまり話す機会なかったんだけどね」


「結局、ワタシたちとは仕事をすることなく退職されましたからね。ハチャメチャに強いという評判は嫌というほど耳に入ってきましたけど」


「のほほんとした彼女の顔からは、想像もできないけどねぇ」


「なるほどのう……」


 自分たちが次に向かうべきは、そのドノカ村なのだろうと拓人は理解した。カムダールという人もギフトの評を聞く限り、少なくとも悪人ではなさそうだ。


「その村は、具体的にここからどれくらい離れとるんですか?」


「近いって言っても、タクトさんたちの歩幅なら四時間以上かかるんじゃないの? 泡の彼女がさっき見せたような加速を維持して進めるなら、ずっと早くたどり着けると思うけど」


 そう言ってビットはレジーのほうを見る。拓人も期待を込めた瞳で彼女を見つめた。


「無理。いい加減ボクのシャボン玉を万能って考えるのやめたほうがいいよ。加速アクセルはチーターの狩りみたいなもん。持久力はない」


「それなら今日出発するのは、やめたほうがいいね。あたりもそろそろ暗くなってくるだろうから」


「そうかぁ……」


 残念そうにため息をつく拓人を見下ろしながら、ルナが声をかけた。


「今日は、わたしたちと同じ宿に泊まっていかれては?」


「うーん、あんまりオススメしないけど他に選択肢もないよね」


馬鹿野郎ギフトが起きたら、ご案内しましょう。アンさんは寝ていても、ワタシがおんぶなり抱っこなりすればいいですから」


「い・ら・な・い。ボクのシャボン玉で運ぶから」


 拓人と同じようにアンの肢体ももてあそばれるような気がして、レジーは強めに申し出を拒否した。


「残念です」


 ルナはレジーのほうを向きながら悲しげな表情を見せる。


「そんな物欲しそうな目をしてもダメ」


「……残念です。ではレジーさん……」


「あーそれで二つ目のお願いなんじゃが……」


 レジーの貞操の危機を察知し、拓人はすかさず話を戻した。


「魔力の操り方を教えてくださらんか?」


『オレ様は最初、アンタらのことを大量殺人目的のテロリストだと思った』


『そもそもおかしいのは、アンタらが垂れ流してる魔力量だ』


 拓人たちを突如襲った理由について、ギフトは魔力量が原因だと言っていた。何もしていないと垂れ流し状態になるなら、制御の仕方を知らなければこの先も変な疑いをかけられかねない。


「無理」


 ビットは即答した。


「それは、どういう……」


「ぼくたちは教えられないってこと。タクトさんたちに才能がないとかいう意味じゃないから、それについては安心して」


 そう断りつつ、ビットは続ける。


「単純に時間が足りないんだ。魔力の制御を完璧に習得するには、どんな天才でも一週間はかかる」


「ああ、そういえばギフトさんもお仕事がお忙しいとか……」


「そーゆーこと。当然同じチームのぼくたちにも仕事がある。仮にタクトさんたちに教えるとして、その間ずっとお仕事ほっぽり出してたら、ぼくたちクビだよ」


「クビで済むといいですけどね」


 ルナは冷静な顔で深刻な合いの手を入れた。


「うーむ、だとすると……」


「さっき話に出てたカムダールって人に教えてもらえたりできない?」


 唸る拓人を見て、レジーがじれったそうに提案した。拓人はハッとした表情になったが、今度はビットが唸り始める。


「うーん……」


「その人だってアンタらと同じ仕事してたんだよね? 流石にタダとは思わないけど、教えてもらうことはできるんじゃない?」


「でも、面倒くさがりのカムダールさんだよ?」


「でも、根がいいヤツのカムダールさんでしょ? 他にアテがあるなら教えて欲しいけど」


 んー、まあそれもそうだね、とビットは煮え切らない様子ながらも一応納得したようだった。


「ふむ……」


 拓人の中で目標が簡潔にまとまりつつあった。まずは、そのカムダールさんとやらがいるドノカ村に向かうのがいいらしい。うまくいけば、居住地とこの世界で生きていくためのスキルが一気に手に入る。


「それで、三つ目のお願い……というかこれは単純に気になったことなんじゃが、いいかの?」


 ルナとビットのうなずきを確認してから拓人は言った。


「その前に質問なんじゃが、この世界で魔術を使える人間はどれくらいの割合おりますかな?」


「ほぼ百。というかタクトさんのいた世界で魔術が使えない人とかいたの?」


「そもそも魔術という概念自体が架空のものとして扱われとったからのう……科学技術という似たようなのはあったが、アンたちやギフトさんたちの魔術を見ると、たぶん仕組みはほとんど違うな」


「何それ、めっちゃ気になるんだけど!」


「むー、ワタシも少々興味あります」


「あー! そしてここからが大事なんじゃがー!」


 目を輝かせるビットとルナに罪悪感を抱きながらも、拓人は強引に話を戻した。話題が脱線したまま元に戻らなくなる気配を感じたからである。


「『魔力を視る力』に関しても、ほとんどの人間が使えるのですか?」


 拓人は『魔力を視る力』が存在するかは知らない。だが、ギフトは拓人たちが垂れ流していた『魔力量』が問題だ、と言っていた。拓人たちが放出する魔力を視るなり、感じるなりする能力を持っていなければ、その発言は出てこない。そのため、拓人は【太陽身アポロン】とは別にそう言った能力があると推論したのである。


「もちろん。個人個人で上手い下手はあるし、視覚以外の感覚で魔力を観測する人もいるけど……魔力の制御、魔力量の観測とかの基礎的な魔術は、この国──ボンヘイはもちろん、ほとんどの国がどれも義務教育レベルで教えてる」


「そうか──そうか」


 拓人は幼女らしからぬ険しい顔つきをしながら、何かを確認するように何度か頷いて言った。


「それならなぜ──」


 その時の拓人の声と表情は、本人も意識しないうちに真剣味を帯びていた。


「なぜ──この国の人々はワシらを見ても平然としていられるんじゃ?」



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