第16話 アポロン⑤ だから待てと

「オレ様は銃を使う」


 その言葉を聞いた全員に緊張が走った。


「待て、ギフト!」


「武具は二つしか使わない約束では?」


 聴力が強化されたギフトに戦いのヒントを与えまい、とほとんど黙り通していたビットとルナも思わず制止する。ここぞとばかりにギフトは聞こえないふりをした。


「わかるよな? 道具屋にいた時にオレ様がアンタらに向けたヤツだ」


 拓人とアンは、数十分前の出来事をありありと思い出す。殺気をはらんだギフトの銃口、視線。


「もちろん、さっきみたいに殺そうとしたりはしねぇよ」


 ギフトは笑ってみせたが、すぐに表情を真剣なものに戻す。


「だが気を引き締めてもらわんと、アンタらは軽い怪我じゃ済まねえ。だからこうやって、あらかじめ伝えておく。つーわけで、およそ三十秒後に攻撃を開始する。そこんとこヨロシクぅ」


 拓人とレジーは数瞬すうしゅんのあいだ呆然としていたが、すぐに拓人がうろたえ始めた。


「う、嘘じゃろ! ちょっと待……いや、三十秒待ってくれるらしいけれども……いやいや、全然足りんし!」


「え、銃って何のこと⁉︎ アイツの武器ってそんなのもあるの?」


 拓人の慌てぶりに影響されて、レジーも戸惑い始める。道具屋で完全に寝ていた彼女はギフト第三の武具のことについて全く知らなかった。


「いいい一体どうすれば……」


「ギフトどの!」


 頭を抱えた拓人の耳に、アンの大声が響く。視線を向けると、アンは拓人たちからは少し離れたところで上を向きながら叫んでいる。彼女の見る先にいるのは、もちろんギフトだ。


「本気を……出されるのですね?」


「本気……っつーのとは、ちいっと違うがまあ……さっきよりかは強くなるな」


 その言葉を聞いて拓人は、さらなる戦慄を覚えた。銃を装備した状態さえ本気でないなら、彼の底力とはいかほどのものだろう。彼の武具は一体いくつ……。


「なるほど。では、私も出し惜しみしていられませんね」


「へぇ、アンタもアンタで奥の手があるってわけかい?」


 アンとギフトのやり取りに、レジーが血相変えて叫んだ。


「アン! 何マジになってんの?」


 だが真剣に相手と対峙たいじするアンにはギフトの声しか聞こえず、ギフトの姿しか見えていない。


「お店にいた時は、すでに銃を向けられていたので発動させる暇がありませんでした。でも、今なら!」


「楽しみだねえ。だが奥の手だろうが、どんな手だろうが撃ち落としてやるよ。指一本残らず、灰も残さず、粉微塵こなみじんに」


「いい加減にしなさい、馬鹿野郎ギフト!」


「待てと言っているのが聞こえないのか!」


 ルナとビットの再びの制止も、やはりギフトの心には響かない。


「やめて、アン!」


 面倒くさがりのレジーが声を荒げて止めるからには、アンの言う奥の手には何かしらの「いわく」があるのだろうか。拓人はそう思ったが、レジーのあまりの剣幕におくして口を挟むことはできなかった。


「いきますよ!」


「おうよ! こっちも準備万端だ!」


 赤く、禍々まがまがしくも見える魔力がアンを包む。


 ギフトの手には光り輝く魔力が集まり、銃の形を成そうとした──。


「【可変武器メタモルウェポン──】!」


「【太陽神の裁きパニッシュメント・オブ・アポロン──】!」


 その時。


 ギフトの首元には、小さな蚊が忍び寄っていた。


「【軍蚊静勝インペリアル・モスキート】」


 アンの耳元には、小さなシャボン玉が現れた。


破裂クラッシュ


 蚊はギフトの首元をチクリと刺し、シャボン玉はアンの耳に大音量を届けた。


「はにゃ?」


 急な眠気に襲われたギフトはちてゆく。空から地面へと。現実から眠りの世界へと。


「ぴゃあ⁉︎」


 アンの耳から音が途切れる。意識が途切れる。驚きのあまり彼女は気絶したのだった。


「だから待てと……」


「……言ったのに」


 アンが地面に体をこすりつけながら倒れ、ギフトの墜落音が響くなか、ビットとレジーのため息が重なった。

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