第15話 アポロン④ つまりオレ様が言いたいのは

 ギフトはレジーの能力の多機能さから、何らかの制約があると考えた。そのうちの一つが距離に関することだった。


「もし攻撃を妨害したいなら、泡はできるだけオレ様の近くに配置するはずだ」


 ギフトは、もうほとんど安心しきった様子でレジーへあてつけるように解説を続ける。


「今の場面で一番効果的だったのは【鉄靴】のタメの間だ。その時、オレ様のすぐ近くに泡を出現させれば、オレ様は大きく体勢を崩し、そのまま飛んでいればあらぬ方向……場外に行ってたかもなぁ」


 だが、レジーはそうしなかった。


「理由は単純。したくても、できなかった。泡が出現させられる範囲は限られてたんだ。そりゃそうだよなぁ。限られてなきゃおかしい。問題はその範囲がどこまでか、だ」


 そのためギフトはフェイントをかけたのだ。わざと先ほど見せた動きをすることで同じ攻撃を行う……ふりをした。


「レジー……さんでいいのかね? いいよな? ともかくレジーさん。アンタはその限られた範囲の中で出来るだけオレ様の近くに、かつアンタら自身から離れたところに泡を置きたいはずだ。スピードの勢いがつく前にオレ様を吹っ飛ばしたいだろうし、逆に自分たちは吹っ飛ばされないようにしたい」


 つまり……。


「今、アンタから見て斜め上方に泡の群れを出した位置、そこが限界なんだろ?」


 すべて図星だった。


「説明されなくたってわかってるよ……! クソッ、アンじゃないけど腹が立つ! なんで、アイツあんなにペラペラ喋るのに強いんだろ?」


 レジーはほとんど独り言のように言ったはずだったが【太陽身アポロン】の武具の装着によって聴覚が強化されているギフトには筒抜けだ。自分の推理の裏付けが他でもない本人から聞けたことで、彼はますます安心した。


「あ〜、わかるぞその気持ち。饒舌じょうぜつなキャラって大体負けるからのう」


 前世で堪能した物語たちを懐かしむような拓人の呟きもギフトには聞こえている。


 ──そーいやオレ様も上司に、無駄口が多すぎるってお叱りを受けたことが……。


「……って、違う違う。……つーか、あのタクトとか言うじいさん、のんきすぎねえか? 戦う気あんのかね」


 ギフトが見る限り、アンやレジーよりも魔力量自体は高い。いくらなんでも余力がありすぎる。


「戦い方を知らねえだけか? だとしたら相当宝の持ち腐れだな。……それに余力と言えば……」


 アンだ。彼女も拓人やレジーと少し離れた位置で同じく立ち止まっている。その表情は何か考え込んでいるようにも見える。一体何を……。


「……いかんな。また心に隙ができちまってる。今はあの泡をどうにかしねえと」


 なにかヒントはないか、ギフトはレジーと拓人の発言に耳をすませる。


「というか、ワシらってもしかしてピンチ?」


「あるじ、心配しないで。シャボン玉の出現距離の限界がわかったところで、アイツはどうにもできない」


「まあ確かに──わかったところで──何だよなぁ」


 ギフトが距離の限界を確かめた理由は簡単だ。自分が今『シャボン玉の届かない安全地帯にいるかどうか』を知って、安心して攻略法を考えたかったためである。つまりは、これから考える。


「アイツ、手や足に着けてる武器から火柱が出せるみたいだけど、それも遠距離攻撃ってほどじゃない。結局こっちに近づいてこないと、アイツは手を出せない」


「うんうん。悔しいがその通り、なんだかんだレジーさんも冷静じゃねえか」


 ギフトは一方的に受信したレジーの言葉に相槌を打つ。


「いざって時はアイツが近づいてきたタイミングで、あるじが乗ってるシャボン玉を四重に爆発させればいい。そうすれば間違いなく土俵の外まで吹き飛ばせる」


「え、ワシ爆発するの?」


「するよ。でも、爆発の衝撃は外にいくわけだから、中心にいるあるじは逆に安全。ただ下に落ちるだけ」


「なるほどのぉ」


「なるほどなぁ」


 え、ちょっと待ってワシまた落ちるの? という拓人の言葉を聞き流しながらギフトは再び思案する。


 現状では負けることはなさそうだが、勝つこともできない。こう着状態は時間の無駄だ。こうやって戦闘ごっこに興じているのも、今が自分チームの休憩時間だからだ。別チームは今も捜査を続けてくれていることだろう。


「交代の時間に遅れりゃ、大目玉だよなぁ」


 あごに手を当て、妙案はないかとギフトは首をひねる。んー、んー、と唸るうち一つの考えが頭をよぎった。


「おーい、レジーさん、拓人さん、アンさん。ちょっといいかい? そっちの声は聞こえないから、オレ様の声が聞こえるなら手を振ってくれ」


 ギフトはさりげなく嘘をまじえつつ、下界に向かって大声で話しかける。真っ先に拓人が手を振る。アンが考え込むような表情をそのままに、レジーは渋々といった感じで、それぞれ小さく手を振った。


「よし、いいな。まあ、つまりオレ様が言いたいのはだな……アンタら強えなってことだ!」


 何言ってんだコイツ、とばかりにレジーが「はぁ?」と声を上げた。


「現状、オレ様たちの実力は拮抗している。それゆえの、こう着状態。オレ様はこういうのが好かん! アンタらもそうだろ?」


「そうですね……」


「ま、それはそう。時間の無駄」


「ホント、時間って大事じゃから。ワシの一生も、気がついたら終わっとったし」


 三人がそれぞれ独り言のように言った。特に拓人の含蓄のある言葉に感じ入りながら、ギフトは続ける。


「このままじゃ勝負がつかねえ。だからといってオレ様が、ハイ降参です、なぁんてのも味気ねえだろ? そこで、だ」


 ギフトは右手の人差し指をピンと立てた。


「オレ様は銃を使う」



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