第13話 アポロン② おしい
「──始め!」
ビットの意外にも張りのある声が響いたのと、ギフトが飛び上がったのはほとんど同時だった。
「高い……! 五……十……二十メートル以上飛んどりゃせんか⁉︎」
ギフトの
「ですが空中では、そう自由に身動きできないはず!」
ギフトのジャンプの最高点。上昇が下降に切り替わる、その一瞬の静止をアンは見逃さない。
「今です! 【
アンの持つ剣の刀身がほどけた。細く、糸のようになったそれらは、一本一本独立し、ドリルのように激しく回転しながらギフトの元へ向かう! 小さな槍たちが彼の身体に接しようとした、その時。
「【
ギフトの足の裏から火が噴き出した。噴射される火の勢いに乗り、彼は自身の跳躍の最高点を飛び越える。アンの伸ばした無数の槍は虚空を貫いた。
「なっ……!」
「武器のセンスは悪かないが、甘ちゃんだねえ。オレ様が無策に飛び上がるだけ……なわけないだろ?」
ギフトは片手で帽子を抑えながら
「んじゃ、オレ様も攻めに回らせてもらおうかねぇ」
ギフトの【
「とりあえず、アンタらの強さを信じて……」
一つ着ければ倍。二つ着ければさらにその倍。彼の力は加速度的に上昇する!
「少々荒っぽく行くぜ。頼むから死んでくれるなよ!」
ギフトは前方の大地に立つアンを見据えて方向転換を行う。……45度……90度と大砲が照準を合わせるように大胆に体を倒しながら、一瞬その姿を注視する。伸ばした槍はあらぬ方向へ伸びたままだ。
──剣としては
「よっこらせっ……とおっ!」
ギフトの足に宿る太陽が爆発した。現状における最大のスペックを発揮した【鉄靴】は空中で火の玉を振りまきながら、術者の身を標的の元へと届ける!
「めっ、【
半ば反射的に、アンは叫んだ。
アンの持つ刀を光が包む。たちまちのうちに伸びた小槍たちは消え失せ、赤き刀は元の姿を取り戻した。
「ほうっ!」
ギフトは一瞬
「おらぁ!」
「くっ……!」
だがギフトの拳はビクともしない。それどころかパンチの衝撃が剣を通して伝わり、アンの手が
「そらそらそらそらそらそらそらァ!」
殴る、蹴る、殴る、蹴る、蹴、殴、蹴殴殴蹴。
鉄靴の力により浮遊しながら攻撃を繰り出せるギフトは、転倒の心配なく四肢を存分に
「うっ、うおおおおおおおおおおっ!」
目にも留まらぬ速さの打撃に、地に足をつけて踏ん張るアンも神速と評すべきスピードで食らいつく。
襲いかかる拳の中心に、足の真ん中に、しっかり刃をぶつけて防御する。
だが、少しずつずれる。否、ずらされる。
ギフトの連撃は決して無作為なものでない。アンがだんだんと無理な体勢になるよう計算し尽くされていた。
「あっ、熱ちゃちゃちゃ!もっ、燃えるゥー! ワシのセクスィーな金髪が燃えてゆくゥー⁉︎」
息もつかせぬ攻防に間抜けな悲鳴を投げ込んだのは、拓人だった。彼の髪はギフトの鉄靴から生じた火の玉の直撃を受け、無様にも燃え盛っていた。
「う、失う! せっかく手に入れたフサフサの髪の毛がァー!」
「あ、あるじどの!」
主人の奇々怪々な叫び声にアンは一瞬気を取られる。
振り向いてはいない。目の前の敵から目を離せるはずがない。だが、その一瞬の心の揺らぎはギフトにとってあまりにも大きいスキだ。
──まずは一人脱落、っと。意外とあっけねえな、見込み違いだったか?
トドメの一発の拳、土俵の外へ吹き飛ばすつもりで握り込んだそれを振りかぶりながら、ギフトは思う。
……そう、それもまた一瞬の油断。心のスキはアンにも、ギフトにも!
ゆえに、わからなかった。振り抜いた拳の先に何があったか?
……ぷるん、と妙な感触がギフトの拳に当たる。心地よささえ感じるが、それはこの場においてあまりに異質。
ギフトは視線を移す。自分は何を殴ったか?
球形の何か。これは緑髪の幼女が乗っていた泡のような──。
「
突如響く声に呼応するように泡が、爆散した。驚くべきは、その衝撃だ。その見た目、小ささからは想像もつかない。どれほどかと言えば……ギフトとアンの体が思わず吹き飛ばされるほどの!
「ぬっ、おおおおおおおお!」
それぞれの体が反対方向に飛ぶ。予想外の攻撃、勢いにギフトは混乱しながらも後ろに目をやった。
「やべっ……!」
土俵の境界を目の端で捉える。このままではコンマ数秒のうちに場外だ。後ろに倒れるように飛ばされているので、鉄靴の出力を上げるのは逆効果。吹き飛ばされる勢いをさらに加速させるだけである。
慌てて両手を伸ばし、バンザイにも似た姿勢を取る。お手上げ……というわけではない。
これなるは【太陽身】第二の武具──。
「【
ギフトの両手から……正確に言えば【手甲】を装備した手のひらから、合わせて二柱の炎が噴き出す。その力で場外に飛ばそうとする勢いを
今この瞬間、両手から発せられる炎に勝負がかかっている。ギフトは全神経を手甲に集中させる!
「ぐ……ぐぎぎ、うっ、らああああああああ!」
スピードは徐々に弱まっている。しかし、土俵の
……勢いが完全に相殺されたところで、手甲の出力を止めた。今まで低空飛行を続けていた体がドサリと落ちる。土埃が入らないように薄目を開けて、ギフトは自分の命運を確認した。
伸ばした手の指先は土俵線をはみ出すギリギリのところで止まっている……ように見える。
「おい、ルナ! ビット! セーフだよな? これセーフだよな⁉︎」
「まあ、そうですね」
「悪運の強いところはキミの長所だ。誇っていいと思うよ」
自分がまだ負けていないことにギフトは少し
自分を吹き飛ばした相手である緑髪の幼女は左前方、土俵線の少し内側にいた。【太陽身】の武具により五感を含めた身体能力が大きく強化されたギフトには、その表情もつぶやきも手に取るようにわかる。
幼女は苦々しい顔をしながら「おしい」と舌を鳴らした。
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