第12話 アポロン① Are you ready?

「おいしょ、おいしょ……よし、土俵はこれで完成だな」


 土地が広く、除草の行き届いた広場にギフトは靴のかかとで大きく円を描いた。直径十五メートルほどはありそうな、なかなか巨大なものだったがギフトは特に疲れた様子もない。それどころか軽いシャドーボクシングのようなものを始めている。


「早くやろうぜ。オレ様ってば、こう見えて結構バトル好きなのよね」


「張り切りすぎて無駄なリソースを使いすぎないでくださいね、馬鹿野郎」


 続けて肩を回し、体を温め始めているギフトに、先ほどからの不遜ふそんな態度を崩さずルナは言った。


「おうよ、『二つ』ぐらいならいいだろ」


「……わきまえているなら構いません」


 どっちが上司だかわからないやり取りだが、よどみない会話がそれを自然なものなのだと感じさせる。


「そこの背負われてるアンタも寝たふりしてないで、やろうぜ」


 ギフトの声に応じて、アンの背からレジーがのそのそと面倒くさそうに降りる。相変わらず、とろんとしたまぶたから覗く双眸そうぼうはいかにも眠そうだった。


「チッ、ばれてた」


「当たり前です。歩いてる途中から、また息が荒くなってましたから」


「……それはちょい恥ずい」


 アンの言葉にうつむき顔を赤らめるレジーに、拓人は声をかける。


「あそこにいる御仁ごじんと戦うことになった……といっても模擬戦のようなもので、命の取り合いではない。できればレジーにも参加して欲しいんじゃが……どうかの?」


 拓人とアンの考えはシンプルだった。


 強敵ギフトと戦うことで自分たちの実力が、どれほどのものか知る。


 この世界において自分たちが井の中のかわずだと知った二人にとって、この機会はまたとない。戦闘能力をもたない拓人自身が狙われる状況や、アン一人だけでは対処できない敵の出現をシミュレーションすると、土俵には三人で入ることが望ましかった。


「めんど。暑苦しいのやだ」


「レジー」


 ぶうたれるレジーにアンは凛とした声で語りかける。


「なに? また『腹が立つ』?」


「いえ、ここは真面目に、切実にお願いを」


 そう言って、深く頭を下げる。


「……どうか、お願いしますレジー。この戦闘は死ぬことはなくとも、今後の……命に関わる大切なことに違いありませんので」


 顔を上げ、真剣な目で見つめるアンの視線を、直視できないとばかりにレジーは少し目をそらす。


「……わかった、わかったよ。ボクもやる」


 これまでのやりとりで二人が親しい間柄あいだがらであると拓人は理解していた。いつか自分も同じような関係を築きたい。主従とは違う、仲間として。


「話はまとまったかい、お三方さんかた?」


「はい、なんとか」


 拓人が返事をし、三人は土俵に入る。


「そちらはギフトさんおひとりですか?」


 ギフトのお供であるルナとビットは、土俵の外で相変わらず立ったままこちらを観察していた。


「ワタシたちは、そこの馬鹿野郎ほど好戦的ではありませんので」


「そー、そー、平和第一。それに審判も二人いたほうが、誤審も少ないかなって」


 ルールは単純。土俵の外に出るか『まいった』と言った者から脱落、最終的に拓人かギフトのどちらか残っていたほうが勝つ。


 土俵の外というのは、地面に加えても含む。レジーの能力を使えば浮くことができるので、それを考慮したルール設定だった。


 早い話が『土俵内の上空ならいくら浮いてもいいが、一旦外に出れば浮いていようがいまいが負け』ということだ。


「詳しくは言えないがルナの魔術なら、たとえ空中のことでも正確な判定ができる。八百長なんてみみっちぃ真似をするつもりはねえが、そこは信頼してくれるか?」


「もちろんですとも。アンとレジーも異存はないかの?」


「はい!」


「どーでもいい」


「よっしゃ! そうと決まれば、そろそろ始めようぜ。オレ様の魔術【太陽身アポロン】の力は至ってシンプル! 魔力で生成した武具をつければつけるほど強くなって……」


「うわー……自分で自分の能力言っちゃうタイプかー」


 レジーのぼやきにギフトは決まり悪そうに少し目を伏せた。


「え、ダメだったか?」


「あー……贅沢を言わせていただくと、敵の能力がわからないケースも練習しておきたかった、です」


 アンが気まずそうに言いながらもレジーに加勢する。


「そっかー、そっかー……」


「そういうところですよ馬鹿野郎。また一つ無能をさらしましたね」


 心が折れかけているギフトに、ルナがさらなる追い討ちをかける。その冷えた瞳は、さながら猟犬のようだ。


「まったくだね。君は……」


「だー! もういいだろ! そろそろカッチョいいオレ様見せてやるから、いい加減始めようぜー!」


 ビットがとどめを刺そうとしたところで、ギフトが反発した。


「話を最後まで聞かなかったこと、バッチリ後悔させてやるからな!」


「まあいいか。じゃあぼくが試合開始の掛け声を担当しよう。各々方おのおのがた、好きなように構えているといい」


「──よし、そんじゃ用意はいいか?」


 ギフトは、ビットの言葉を聞いてスイッチを切り替えたように、締まりのない雰囲気を一瞬で吹き飛ばす。構えてはいない。ただ、気のいいおじさんのようなその目が、戦いに臨む戦士のものへと変わった。先ほど道具屋で感じたものにも似たプレッシャーが拓人たちを襲う。


 アンは魔力でルビーのように赤みを帯びた剣を作り出し、構える。レジーはシャボン玉の中に入り浮遊した。


「あるじどのは、できるだけギフトどのの攻撃が当たらないように回避をお願いします」


「……ああ、了解じゃ」


 自分だけが観察と回避にてっし、二人に戦闘を任せることに拓人は後ろめたさを感じていた。しかし、魔力を使った戦いを知らない拓人には『よく見て、よく学ぶ』こと……今はただそれしかできなかった。


 ──アンは剣を構え、レジーは寝転び、ギフトは構えず、拓人は彼の動きに注視する。


 永劫えいごうにも似た、一瞬の緊張。それを一陣の風が溶かす。


「──始め!」

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